古本 フリマ 散歩


by souslecieldetokyo
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 やっと書けました、上海最終夜。“はしょり”ます。


 七浦後、タクシー飛ばして、父親行きつけの茶城へ。
 茶葉屋数多くあれど、一軒しか無い苦丁茶屋にて苦丁茶の茶葉を一年分購入する父。たまにバラエティ番組で罰ゲームに使われるくらいの苦さ(まあこれは大げさとしても)だから、蓼食う虫もなんとやら、だ。
 他の茶葉より安くて長持ち、あと一枚の葉っぱを丸めただけの代物で棒みたくなっているので、飲んだ後の後始末も楽な感じ、そこはいいところ。
 値切り交渉を待つ間、廊下にて、斜向かいの店から歩いてきた「よちよち坊や」君としばし戯れる。

 
 歩いて、上海大学へ。
 かつて父親が半年弱通っていて、見知った店も見知った人も多いので、あちこち挨拶しながら回った。
 市場の雑貨屋でホーローの痰壺を発見。迷わず買う。
 他の店では2元のスリッパや金魚マグカップを。
 清真の面店で、軽めの昼食。打ちたて、伸ばしたての面に兼ねてから食べたかった羊肉のスープで大満足。ウイグルの一同も優しくて人懐っこくて。

 かつてそこの店の息子に何回か日本語を教えたことのあるという蟹屋に行くと、大歓迎され、帰り際上海蟹(大)を雄雌2匹づつお土産に渡される。
 ホテル泊まりなので、と断ったが、好意を無下にも出来ず、結局今日の夜行く店で、蒸して貰えるなら蒸して貰い、駄目ならH君に進呈しよう、ということになった。

 蒸籠と中華鍋を求めて、教えて貰ったプロ用の用品店集合ビルへ。
 がしかし、人に聞き聞き辿りついたそこには小さめの飲茶用っぽい蒸籠しか存在せず、止む無し、あきらめる。
 「前に台湾で見かけた時買っておけばよかったのに」と母親に諭される。。。
 たしか上海でもどっかで見かけたのだが、思い出せず、付いて無いとはこういうことだ。

 阿美孝行のため、バンドの地下を走っている、観光電車を乗りに行く。たしかうんと高かった。
 暗い地下鉄の線路がピカピカ色々に光るという、ちょっと、オリジナル版の「チョコレート工場の秘密」に出てくる怖い船旅を連想させる乗り物だったので、実は私も前々から興味があったのだった。
 我ら3人は先頭を陣取るが、父親は後方のベンチに座ったため、後からどやどやと乗ってきたスペイン語圏の観光客軍団に邪魔されて、“なんのこっちゃ”で終わってしまった様子、可哀想ね~、by阿美。

 
 乗り終わって地上に出ると、なんと今朝小龍包屋で見かけた日本人家族殿とすれ違う。「また会いましたね~」と苦笑いの挨拶。彼らはテレビ塔に上ったのだろう、手にお土産品を持っていたが、我らは今回は上らないのです、、、で、そのままタクシーを拾ってホテルへ。


 夜にお風呂にありつけないことを見越して、シャワー、片付けなんかをする。
 
 H君とホテルのロビーで落ち合って、歩いて乍浦路へ。
 昨日の店で、蟹のことを尋ねると、一匹10元とかで蒸してくれるとのことで、もちろんお願いすることに。それなのに!!
 メニューのお勧めが分からずまごついていたことと、冷菜を何品、温かいのを幾皿、スープ、魚、肉、それから…などとコース料理風の料理の頼み方、それも私からしてみても大量な品数を隣に付きっきりの女服務員に強要?指導?されていたことなどで、なかなか頼んだビールが運ばれてこない。それに業を煮やした父親がバンッとテーブルを叩いて怒って、「止め止め、この店」と言って出て行ってしまったのだ。
 阿美と母親はトイレに行っていたからいいようなものの、H君と私は唖然某然…。
 なんとか軌道修正を図りたかったものの出て行ってしまった者をどうすることも出来ず、最後には昨日の優しかったお姉さんに泣き真似で「我的バーバ、ウー、アー」などと言って、彼を追いかけ、その店を後にした。なんとなく途中から私も、このシチュエーションはどこがどうとは言えないが、とんでもなく中国的で面白いかも…と思えてきてしまったのも確か。

 
 この通りの他の海鮮店にしようかともちらと思ったが、やはりウサを晴らすべく、気分をガラリと変えて、前々から「おいしかったよ」と聞いて行ってみたかった、イスタンブール・レストランへ、最終夜のヘンテコご一行(&巻き添えを食ってしまった哀れなH君)は方向転換。

 食べたいものが決まっていたので、ビュッフェでなく、単品であれこれ頼む。父親は小瓶のやたら高いビールを、でも注文するたびすぐ運ばれてくるのでパッパかパッパか飲んで、やっと一心地着いたのか、「さっきは嫌な思いをさせてしまって…」などと、反省の弁を口にしたりしていた。
 H君は、元来飄々とした性格であるからして大人で、「でも上海では珍しく美味しい洋風の料理が食べられて、良かったです」と頼もしい、救いのコメント。
 阿美はトルコ人の?くるくる巻き毛のかわゆい年上の女の子とお互いに意識しながら、でも距離を保ちつつ、目の前の舞台で行われためくるめく激しい腰つきのベリーダンスのショーに釘付け。
 私と母親も、パラパラっぽく味付けされた今風の民族音楽の大音量やサッパリと美味しいヨーグルトソースの料理、柔らかく癖のない羊肉の料理なんかに心癒され、心のモヤモヤが吹き飛んでいくようだった。
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 ちなみにいうとベリーダンスのお姉さんは一人目はボインちゃんの若目、二人目は痩せぎすの年増で、この二人が衣装を変えつつ交互に踊っていた。その後読んだ堀田善衛の「スフィンクス」という本に、このベリーダンスについてやショーガールのあれこれが書いてあったが、それはエジプトやアルジェが舞台で、実は彼女らが地下組織の工作員だった。まさかこの二人もそうであるなんては到底思えないが、でもどうして流れ流れて上海のレストランくんだりで踊っているのか、そんな輝きの無い目をして、とちょっとだけ思う。

 
 H君と別れ、阿美もその轟音の中途中から熟睡してしまったので、昨日会った友人に教えて貰ったおしゃれな通り、新楽路(確か)へ最後のあがきショッピングに向かう。
 父親は途中、好きなVCD屋台に寄り道。
 新楽路は確かにお洒落だったけれど、住んでいたら代官山みたくて通うんだろうけれど、上海に中国らしさを求める旅人にはそこまで食指の動くもの、かつ安いものがなくって、チラ見して通り過ぎ、何も買わず、お終いする。

 
 心配していたパッキングも、買い物の量が少ないので(スーパーにすら行っていない!)あっという間に収まり、すぐに就寝。
 隣の部屋の父親は遅くまで一人酒盛りをしていたようだった。

 何はともあれ、無事に?終了し、これにて上海旅行記2008、集結。
 おとついは旧正月で、池袋の中華系スーパーはその買い物客でごった返していました。新年好!
 
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by souslecieldetokyo | 2009-01-26 00:22 | asia散歩

筋腫ちゃん avec moi

 明けましておめっとさんでゴザイマス。
 上海最後を書かなければならなかったのに、年末の体調が優れなく、未だに書けてません。
 何故ならば。。。
 

 昨年は厄年。近所の由緒正しき神社に厄払いにまで行ったのに、全くの効果なし、といった感じで、なんやかんや、それも忘れた頃、気の緩んだ頃に厄が訪れ、思い返せば厄年な一年だった。
 
 一年終わりのとどめの厄は、なんと子宮筋腫。この痛みに強いわたしくめが、この痛みはちょっと尋常じゃないぞ、と痛みに苦しみ、2,3時間と続けて出歩くと顔真っ青になってベンチにうずくまってしまわざるを得なかったほど。
 加えての出血。これは「筋腫か何かかな?」と、それでも2週間ほど我慢してから病院へ行くと、近所の産婦人科の弓張り月眉毛のおばあちゃん先生が、「まあ大きな筋腫ですねえ、この医学書のこのページのイラストみたいな、大きい釣鐘型ですよ」と私を医学生か何かのように説明してくれた。
 一応の病理検査結果を待って、やはり大きな病院で手術を、ということで、チビを出産した総合病院を紹介される。
 
 懐かしの総合病院は、新たに病棟を建設中の他何も変わっておらず、見知った看護婦さん(チビを取り上げてくれた方)なども居り、心強い。
 待つこと3時間、やっとのことで看て貰うと、今度は粘膜性筋腫との診断で、出血がダラダラ続くのが特徴と云われる。アンド、「次の生理が始まったかなと思うくらい出血がひどくなったら使ってください」といって、点鼻薬を処方してもらう。
 
 「MRIを見てから方針を決めましょう」ということで、おとついにMRI、本日再診してきた。
 CTは受けたことがあるが、MRIは初めて。耳栓が上手く入らず、手で2,3分練り練りさせられて、そこでまずちょっと笑けてきてしまう。検査機の中に入ってからは、呼吸を複式でするか胸式でするか迷い、軽く呼吸困難。深呼吸がしたくてたまらなくなるが、それは止められていたので、我慢してたら、本式に笑いたくなって、困った。
 法事の焼香前に、皆にお辞儀をする時とか、卒業式、壇上で名前を呼ばれるのを待つ間とか、緊張と笑ってはいけないシチュエーションに、逆に笑ってしまう癖があるのだった。。。
 昨年のバリューム飲む検査でも、ゲップが駄目と云われ、逆にゲップしたくてたまらなくなったり。。。
 閑話休題。

 実は正月開けてから、パタッと出血が止まり、痛みも無くなって、3500円もした薬を使うことも無く、「このまま医者にかからずとも良いのではないか?」と思っていたのだが、案の定今日の説明で、先生に「アレ?印象が全然違う。別の人のものみたいですねえ」と云われる。MRIに映ったマイ子宮に、何の影もカタチも見えず、正常そのものだったからだ。
 「稀にこういうこともあります」ということで、幕を下ろした今回の筋腫騒ぎ。
 
 去年同じ筋腫手術をした友人などには、相当体験談など聞いて心配かけていたのに、自分でも2週間の入院中何を読んで何を作ろうかとあれこれ思っていたのに、拍子抜けしてしまう。これも厄が明け、新しい年になったということなのか???
 
 そもそも子宮筋腫は4人に一人とも5人に一人とも言われているくらいありふれたもので、大方の人が気付かずそのままで、妊娠出産をきっかけに気付くことが多いし、筋腫持ちでも正常分娩している友もいるくらいだし。
 もちろん種類、症状は千差万別で、人によっては不妊の原因にもなり得るし、一概にどうこう言えないが、私の筋腫ちゃんは、こんな感じでスルッと終わってしまったザマス。
 
 チャンチャン!
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by souslecieldetokyo | 2009-01-08 22:01 | 日々是雑記