古本 フリマ 散歩


by souslecieldetokyo
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<   2008年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧

湯包、七浦、苦丁茶。

 実質の最終日。
 
 かねてよりあちこちから「ここの小龍包は旨い」なる情報が流れてきていたので、いつもは豫園の有名店の2階に朝御飯しに行っていた(真ん中の池や橋を眺めながら食べる、大混雑の雰囲気も大好きだったけれど。)のだが、今回は初めての、その店へ。


 黄河路の、小さな店。8時半頃に行ったと思うが、そんなに混んでいない。本当に美味しいか?と思いつつも、3種類の湯包と、海苔のスープ、生姜をオーダー。44元。

 でも、レジのカウンターに書いてあった「現点 現包 現蒸 現吃」の通り、運ばれてくる湯包はどれも熱々でスープだっぷりで、堪能。阿美は海苔が大好きなので、湯を喜んでいた。
 あまりに美味しいので、勢い付いた我ら、お昼ご飯抜きを覚悟で、店のオバチャン一押しの一番高いやつ「純蟹粉湯包」(81元!)を最後にオーダー。こんなに蟹蟹だらけの小龍包は初めて食べたかも!
 しかも豫園3階で食べると6個しか出てこないのに、ここではちゃんと12個出てくる。(初めの蒸籠に入っていたのが6個だったから、やっぱりね、と思ってたのに、蒸かしたての6個がさらに運ばれてきた時は、ちょっと感動した。)
 父親は、さらに鴨血豆腐スープまで追加。阿美、これも喜んでたくさんご相伴する。


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 一つ難点は、店のオヤジが我々を気に入ってくれ、ずっと横に立って、「このタレを付けろ」「もっと付けろ」「生姜のお代わりは大丈夫か」などと、“食べ方指導”が始まってしまったこと。タレが私達の口には甘かったので、出来ればタレを付けずに食べたかったのに、オヤジの嬉しそうな顔を目の前にすると、無下にも出来ず、タレを付けて食べる気弱な日本人してしまった。
 「北京では何の仕事をしているんだ?」といつの間にか北京から来た日本人旅行客と思われてしまっていたのも、なんだか可笑しい。
 
 途中、隣のテーブルにハイソな身なりの子連れ奥様旅行者たち(日本人)が現れ、お互いになんとなく照れ笑いして、会釈を交わす。彼らは5人で2蒸篭とかをささっと食べ、斜向かいの焼小龍包の店へと移って行った。現地に単身赴任しているお父さんが案内していた感じだった。
 阿美が割ったレンゲは、後ろに立っていたオヤジにきっちり1元取られ、新しいものと交換。


 
 次に七浦に行くというと、オヤジオバチャンともに路上に出て、バス停までの行き順と番号を紙に書いてメモして渡してくれ、ちゃんと歩き出したかどうか見送って(チェックして?)くれる。有り難い。そして少し笑っちゃう感じ。次も会いに行こうという気になる。覚えててくれるかな?


 バス停はすぐに見つかって、降車駅の名前が分からなかったけれど、たぶん大丈夫でしょうと言って、その番号のバスに乗り込んだ。
 綺麗で新しいバス。背もたれの後ろの広告は、全部チャゲアスの飛鳥の上海コンサートのもの。地下鉄ホームでは浜崎あゆみの広告も観た。日本人ミュージシャン、根強い人気なのだなあ。


 七浦の交差点に着いて、皆がどっと降りた。もちろん我々も降りる。
 
大っきなビルが何棟も立っていてびっくり。かつての露店がひしめき合う、市場風情の七浦はどこへやら。ひとまず、昨年両親が行ったであろう建物へ入ってみることにした。
が、入ったとたん、「時計、カバン、安いよ」の客引き攻撃。
 違う店に入っても、外でも中でも待っていて、エスカレーターまでも付き纏ってきて気味が悪い。ちょこっと流し見て、刺繍のストールですごく欲しいものがあったのに、そいつらのせいで買わずに出てきてしまう。
 
 灰色の窓際族みたいなスーツ着て、「モモ」の時間泥棒みたいに薄気味悪い奴ら!阿美にまでちょっかい出してきて、また彼女も笑い返したりしたもんだから、余計困ってしまった。
逃げるが勝ち、で別の棟へ。

 
 地下の、児童専門フロア。反対にここは商売っ気が無いのか、客引きも居ず、半分くらいの店舗はシャッターを降ろしたまま。グルッと見て最後の店で、冬のパジャマをたしか70→40元に値切って買う。薄い黄緑のチェックで、ちゃんとした品質のもの。
 別のビルで阿美の服、特価品で値切り不可(試着すら駄目で怒られた)で、カーキストライプのジャケットと小花柄ワインレッドフードワンピを各25元で。
 北京オリンピックキャラクターがアップリケされたパジャマもヘンテコ記念に?と心惹かれたが、現物のみと云われ、染みがついていたので止めにする。

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 自分はチャイナ綿入れ深オレンジのジャンパーを180元でと、膝上靴下とタイツを2つで15元、以上。
 母親は15、38元の刺繍セーターと、20元のカットソー3枚(土産用とか)。

 出たところの3元ショップで、集めているてんとう虫で、揺ら揺らオモチャがあったので選んでいたら、阿美に数字勉強カードみたいなやつと、物の名前絵本(これだけ1元)をねだられ、仕方なし買う。

 あいつらさえ居なければ、もっと物色出来たのに!本当に恨めしい。

 

 タクシーで父親の苦丁茶を買うため、上海大学近くの茶城へ。
 お茶屋は数多くあれど、苦丁茶専門の店はこの一軒のみなのか、いつも買うというその店を探し、父親はあれこれと筆談のやり取りをしながら、1年分の茶葉を購入していた。

 日本のバラエティ番組で罰ゲームに登場する代物だから知っている人もいるだろうが、飲んだことがある人は少ないだろう。一枚の茶葉をくるくるっと捩って棒にしてあるだけなのだが、それ一本で何煎もお茶が飲め、そして苦い。
 ほろ苦い、とかではなく、渋くて燻ってあるような苦さ。蓼食う虫もなんとやら、で父親は健康に良いとも信じ、日がな一日こればかり飲んでいる。

 私はというと、好きなのは台湾緑茶なので、今回もその茶葉を持ち歩いて、一番初めに北京で買った保温筒にお湯を足し足し、飲んでいた。ここでも、お湯だけ入れて貰う。

 待っている間、向かいのお茶屋の尻割れパンツ1歳坊や君が、子守(たぶん母親の兄弟)のオバサンに付き添われて、阿美と遊びにやってきた。両手を支えられてのヨチヨチ歩きではるばるやって来たのに、何故か阿美は知らん振り。
 どうしたことか??”子の心親知らズ”でした。
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by souslecieldetokyo | 2008-11-18 00:20 | asia散歩

上海半日、西ひがし

 そんなつもりはさらさら無かったのに、相当長くなってしまった。時間のある人だけどうぞ…。

 今回最初で最後の(!)地下鉄で、陜西南路駅へ。

 バス南駅から1号線まで、地下道を延々歩く。小銭が無くて自販機で切符が買えなくて、父が窓口を探しあて、やっと購入。
 行きはスムーズに“カッタン”と鉄の棒を一人分グルッとまわして入場するやつが出来たのだが、帰り、途中寝てしまった阿美を乗せたままそれをしたら、変な風に棒がベビーカーに突き刺さってしまい、抜けない、出られない。
 全身に変な汗をかきつつ、とりあえず私は出ていたので外側から阿美を抱き上げ、確保。残った母親が格闘するも、ベビーカーの2本の鉄棒の間に、カッタンの鉄棒ががっしり挟まって、どうやっても取れない。
 父親は係員を探しにうろうろ、でもお昼時だったからか(?)居なくて、空振りで帰ってくる。
と、見かねて親切なオバチャンが、「あなたやってあげなさいよ」、とオジチャンに言ってくれて、やってきたオジチャンが何回かグイッとベビーカーを捻じると、ズルッと何とかかんとか、上に持ち上げることが出来た。
 感謝感激で、でも何て言ったらよいか分からず、ただ「謝謝」を連発するばかり。オジチャン居てくれて、ホント助かりました、有難う!

 普通ベビーカーで寝てるのを抱きかかえると、目を開けてしまうのだが、この時はよほど疲れていたのか、ずっとぐったり全身で寝ていて、また、ベビーカーに戻しても、起きることはなかった。
 調べておいた、思南路の面屋さんに行くも、閉店中。
 隣の洋服屋から出てきたおじさんに聞くと、「ホニャララモニャラ」と云われる。紙に書いてもらえばよかったと、今さらながら後悔。辞めちゃったか、場所を移したか?

 仕方なし、通りすがりの有名店・浪亭へ。
 注文を頼み終わったら阿美、お昼ご飯だと知ってか知らずか、ムクッと起きる。
 
 雪菜肉糸面、季節限定の蝦蟹面、炒年糕、父親は青島啤酒、皆頼んでいておいしそうだったので、肉圓を追加で2個、〆て87元。なんてったって、蝦蟹面が高いのだ。38元。蟹の中身で全体的に黄色くテラテラしてて、さらに小ちゃいけれど、たくさんの蝦(ホントは虫に下と書く。この方が雰囲気デマスネ)なのだ。
 雪菜面は塩スープ、蝦蟹面は醤油スープでした。上海風(蘇州風)なので、別皿で出てきて、自分で混ぜて食べるスタイル。なのでスープに関係なく、雪菜肉で半分、蝦蟹で半分、と食べた。
 
 阿美の取り皿を貰いにいったら、父親が「俺もそれが欲しい」と駄々をコネ、再度取りに行くと、「何回もうろちょろしてないで、一度に取りにきてよ」と云われる。ごもっとも。。。
 
 肉圓はちょっとしょっぱかったけれど、辣をつけて食べるとビールのあてに良いようで、父親の気に入った様子。
 これを食べるといつも老師のことを思い出す、年糕もわりとさっぱりとしてて美味しかった。

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 初日夜もこの辺りに来ていたのだが、遅かったので歩く時間が無かった。
 前に和平飯店に入っていたチャイナテイストの洋服屋の路面店があると住所を控えていたので、行ってみる。が、何人もの人に番地を聞き、丹念に探すも、どうもその番地がどこなのか、はっきりしない。路地の名前が間違っていたのかな?などと言いつつ、諦めると、後日日本で調べたらさらに移転して、なんと時代広場に入っているんだとか。。。香港maymaykingの悲劇再び、でありました。
 「探そうと思うとなかなか見つからない、なんでもそう」、は母親の言。ほんにその通りで。

 比較的大きい書店があったので、欲しいDVDを探すもなく、素通りしようとしたのに阿美にせがまれ、6.8元のスポンジボブ(海綿宝宝)の絵本を買わされる、トホホ。でも後から考えるとピンインが振ってあるので、自分の勉強用にちょうど良かったかも?
 入り口横に、オバマ氏が表紙の本と、チャンイーモウが表紙の本が並べて飾ってあって、思わず写真を撮ってしまった。

 銀座2時間待ちで2回振られたH&Mに心惹かれつつも、まいっか、とそれも止め、タクシーで豫園へ。


 阿美の切り絵を作ってもらう。何を隠そう、自分のが一つ、旦那と自分のが一つ、家に飾ってあるのだ。阿美のこそ作ってやらないと可哀想というもの。
 4年前、5年前、と同じ切り絵職人のオジサン。前はたしか16元くらいだったけれど、今回は額付きで30元。私達の前に切ってもらっていた地方からの家族は、2つで100元くらいの、立派なやつを作ってもらっていた。
 阿美が切ってもらっているところの写真を撮りたかったけれど、膝の上に乗せ、さらにすぐオジサンの方をみてしまうので、たえず“横向き強制”をしなくてはならなくって、もちろんのこと写真は撮れなかった。

 母親がアイスをご所望したので、高い高いハーゲンダッツへ。いつもはマックの安いソフトクリーム食べるのに、どうしたことか?
 父親を外に残し、女3人でゆっくり食べる。店内はリッチな中国人が少しと、欧米人がたくさん。やっぱりこってりアイスが恋しくなるのだろう。
 ダブルで53元!母親に奢ってもらった。

 せっかくなので、阿美の記念オモチャに、お腹を押すと「キッキキー、I LOVE YOU!」と叫ぶパンダ(70→30元)、オレンジの唐獅子の操り人形(150→70元)で買う。安いか高いか?適正価格が分からないので、謎。。。
 でも唐獅子のは、漳州の芸術館の袋に入っていたから、もしかしたら、それなりの品物なのかも?という気も。


 福州路新華書店で、DVD探し第2弾。
 探すにしろ、見るにしろ、まず阿美のものを選んでからでないと五月蝿いので、子供のコーナーで、キューリアスジョージ(好奇猴・治)のDVDを選ばせる。
 一応店員に聞いてみたが、やっぱり無くて、諦める。が、代わりに「一時代的撮影1931-1945」なる記録ものと、前回買った「追記」(やはり記録もので、老上海についてのドキュメント)の続集が出ていたので買う。
 本は、好きな麗江なんかが映っている、何故か英語解説の「三江併流」という写真集のみ。これとて、一階出口付近に置いてあったからたまたま目に止まって購入したが、阿美連れだと、ゆっくり物色することすはまず不可能。
 本屋を、時間をかけて見ることが出来ないなんて、本当にため息だ。


 ホテルへ。
 1日目も2日目も入れなかったので、また今夜も8時からの約束で夜入れないのは予測がついていたので、夕方早々にお風呂する。
 久しぶりの温ったかいお湯と、愛用のシャボン玉石鹸で、阿美とふたりさっぱり出来た。
 水に泥の匂いがする、いきおいのいい上海の水は、今も揚子江の水なのだろうか?
 浴槽にお湯を張るとき、私はいつも、林京子「上海」の、揚子江の水に深く繋がっていく感情に思いを馳せてしまうのだった。


 両親も風呂に入り、つかの間、リラックスタイム。
 阿美と母親は、ベッドに並んでペネロペのゲーム(DS)をしたりしていた。

 そのうちに私が眠たくなってきたので、そうなる前に出掛けてしまわないと、と言って時間つぶしの散策へ出かけることに。
 ホテルのある呉淞路は、てっきり、
 金子光晴「どくろ杯」に出てくる鼻のぽん助の住んでいる『女の肉の切り売りの袋小路』(遊女の成れの果て、病気持ち、阿片中毒などの売春婦のいる路地の意。またそれに『男たちの欲望の意地汚さ』が群がっていたというから恐ろしい)ら辺だと思い込んでいたが、
 読み返すと、それは楊樹浦辺りのクリークのことであった。H君に違う説明をしてしまった。。。今度あったら訂正しなくては。


 ともかく、さっきカーナビ付きの(そんなもんに頼るから!)運ちゃんのタクシーで、グルッと遠回りされた上まるっきり迷子になって、運ちゃん泣きそうにパニック起こしつつホテルに辿りついた時目にした下町路地へ行ってみることにした。
 10年前はどこででも目にした風景が、今は探さないと無いのが、今の上海の現状なのか。
 八百屋にて、ちいさい蜜柑を一袋買う。
 前は皮を剥いた途端、はじけるように果汁の酸っぱさが周囲に飛んで、何メートル先からでもその匂いを嗅ぐことが出来るくらいジューシーだったのに、今はそれが無い。味もどことなくぼやけている。たまたまハズレくじ引いてしまっただけなのか、はてさてどうだろう。

 明日行きたいと父親が調べてあったお店まで歩く。作浦路。
 初めて通ったが、マッサージ屋と海鮮酒店の多い、賑やかな路地だった。
 1階にたくさんの生け簀、それに大きな液晶パネルに宴会のお知らせ(王先生、50歳誕生日おめでとう!みたいな)が映し出されて、私は2階の様子は見ていないので分からないが、繁盛店のようだった。
 念のため、予約した方がいいかどうか尋ねるも、5人なら大丈夫と言われ(親切で美人のお姉さん)、そそくさとタクシーで立ち去る。


 ちょっと8時には早かったが、約束の店へ。
 今晩は、香港人の親友S(今上海で仕事をしている、ライター)と、その彼氏売れっ子スタイリストK殿と、日本と香港で遊んだカメラマンのLと、つい先日家に食事に来たばかりのE嬢、Sの先輩ライターと、上海ディナーをすることになっているのだ。

 たぶん、気をきかせてくれて、上海料理で、点石・なるこじゃれたお店。聞けば良くくるとのことで、他の店は脂っこいが、ここのはそうでもないので好きなのだとか。
 先週も、日本での3羽ガラスの一人、ほーりーとここで食事したとのこと!まさかほーりーが上海に来たとは知らなかったので、「ヘヒャー」とすっとんきょうな声を上げ、驚いてしまった。
 香港での空港の仕事を上司に叱られたとかで一週間で辞め、今度は上海で仕事を見つけたいと言っているのだとか。昨年の失恋についても、今もずっと元彼の愚痴を言っているそう。ほぃーりいー、、、。

 中2階の個室に案内されたものの、案の定一番乗りで、阿美は待っている間、さっきじいじと行った雑貨屋で買ってもらったスタンプ(6元、何故か韓国語が書いてある。)でばあとペッタン遊び。
 ほどなくEを除く3人が登場。
 Lの髪型(あごひげ・モヒカン)、さらには左腕のタトゥーに驚かされる。キャップに半ズボン、彼女が出来ないのが悩みのかわいい奴だったのに。。。
 Kはいつも通りの無口、無愛想という彼のスタイル。
 Sは阿美のことが大好きなので、「可愛い可愛い」を連発。七五三のポストカードを上げると、3人でくっ付き合って眺めていた。

 メニューを仕切るのはK氏。
 「上海蟹食べた?」と聞かれ、「初日に父だけ、でも明日も食べる予定だから」というと、「じゃあいっか」ということに。
 全部書くと大変なので省略するが、前菜から始まり、酔蟹、鳩、田鰻、毛蟹、紅焼肉、烤夫、炒面、湯、デザート、等々食べきれないほど頼んでくれた。
 もちろん皆好きなのでビール、紅焼肉あたりでEが「ご飯!」と言って、Lと、阿美ととる。
 Sの言うとおりちゃんとした味付けなのにあっさりと食べられ、皆であらかた食べ終えた。
 日本人の客も多いのだろう、廊下を歩くと、1階個室その他から、日本語の会話が聞こえた。

 阿美は9時半頃に眠くなり、自分からベビーカーに行き、コトッと眠った。
 それでもちゃんと眠る前、皆にお土産を手渡ししたから、偉い。Eにはこないだ気に入っていた甘納豆、Lにはお煎餅、Kにお酒、ビューティー関連の雑誌をしているSには神楽坂の「まかないコスメ」を。
 お返しに、Eから、オランダでディックブルーナーに取材した時買ったという、ミッフィーの缶入り干し葡萄を貰う。気に入って、次の日も、帰りの飛行機の中ででも、こればかり食べていた。


 10時も回ったので、お礼を言って、ホテルへ。
 Sは締め切り前だというのに、3人はどこかで飲みなおすのか、その相談を広東語でしていた様子だった。
 本当は、一人だったら、Sの家に泊まって、1週間でも2週間でも滞在出来たのに、と思うと残念。夜だって、ハシゴは当たり前、家に帰ってからもさらに飲んだり食べたり喋ったり。香港ではそれが出来たから、あの頃がひどく懐かしい。
 それでも、他の都市で知り合った人たちと、上海で集まることが出来たのは、やっぱり面白い経験だった。それだけこの都市の吸引力が今あるということだろう。


 タクシーでも、降りてからでも、起きずに眠る阿美。
 寝たまま着替えさせ、おむつを穿かせ、歯磨きだけ明日の朝にした。


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by souslecieldetokyo | 2008-11-17 02:00 | asia散歩
 
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 西塘の朝。
 期待していた以上の霧、朝もやで、街も川も全部白く、灰色だった。
 初日のガイド氏が言っていた、「西塘は小雨の時、最高です」の言葉を思い出す。

 川面から立ち昇るもやだけでなく、路上で火をおこされている練炭の煙も相まって、至るところ、白い朝。この風情を見ることが出来ただけでも、一晩泊まった価値があった。
 写真をあまり撮らなかったのが残念。


 チェックアウト(といっても鍵を返すだけ)をしようと宿の人を探すも誰も居ない。じいじが2階へ行き、今起きたばかりの人(どういう関係筋の人か?)を連れて戻って来た。探している最中、1階にも3部屋あることを発見。家族の食堂の真横と奥にあった。面白い。
 外に出ると、さっぱりとした朝の顔で若女将が歩いていて、「帰るのか?」と笑顔で挨拶してくれた。バスの番号を何回も言って教えてくれる。
 男は朝寝坊、女は早起き、中国人の女性はとにかく良く働く印象が強い。


 本当は飲まず食わずで嘉義まで出るつもりだったのだが、皆がビニール袋になにか入れて持って歩いているのが美味しそうだったので、ちょっと歩くと、店を発見、
 “腹ぺらす”の阿美にかこつけて、西塘の朝食タイム。

 江南特色小吃宴球王1蒸籠(5個)、冰糖南瓜羮、茶叶蛋(4個)、火腿菱実竹筒糯米1筒、で〆て36元。宴球王は、豆腐のすり身の団子に点心のイカ団子みたいなヒレヒレが付いている代物で、阿美が喜んで2つ食べる。お店の人お勧めのカボチャのスープは、塩味も何もなかったのに、素朴な素材の甘みが妙に舌に残っている。蛋はバスの中で食べるおやつに。竹筒もち米は、ほんのりしょうゆ味、竹の風味が良く移ってて、朝御飯にもち米を食べるのが好きなので、口に合った。



 路地を抜けたところで、輪タクを拾う。
 最初一台が、後からもう一台が止まって、5元と吹っかけられるも、適正価格の3元でバス停へ。父親の乗った先発輪タクはすいすい進んだが、母、我、阿美と三人乗った後発はさすが重たいのか、のろのろ進む。途中阿美の水筒を落とし、拾ってもらう。中のお茶は全部流れ、閉め具合もおかしくなった。香港ではタクシーの中に置き忘れ、西塘では落として駄目にする。どうも阿美の水筒は海外旅行運がお悪いようで。。。
 着いてから輪タクの運ちゃんに入場券をせびられるも、「必要だから、」と断る。そんなの無くても、横から勝手に入る道知ってるくせに、謎。


 昨日降りたバス停とは多少違う位置の場所。
 表示も何もない、ただの曲がり角で、嘉義往きの直通通勤ミニバス、といった感じのバスが、次々にお客を輸送しているのだった。3元。
 相変わらずの朝もやの中をびゅんびゅん飛ばして、すぐに到着。


 昨日チェックしたチケット売り場に行くと、長蛇の列、それもノロノロ。昨日買っておけば良かった!とミスを痛恨しつつ、他に成すすべは無し、並ぶ。
 と、列が崩れ、わらわらっと人が横入りで窓口に殺到する瞬間があって、「何か!?」と駆けつけるも、「上海行きは今日はもう無い」とか「後で通知するから」とか3人くらいに聞いたがちょっと良く分からない。
 父親と交代して、母と阿美が待っている待合ホールへ行くと、そこでも退票窓口で人が群がってチケットを買っている。覗きに行くと、「これは杭州、あんたは上海じゃん」みたく、さっきも邪険にあつかわれた女制服人にギロッと睨まれる。

 列もなかなか動かないし、これはもうタクシーか?と半分諦め、父親がタクシーの運ちゃんに料金を聞きに行く。
 けれど父が行った後、前の人2,3人がいともスムーズに切符を購入し、抜けて、自分の番が来たので、「上海駅。南、北、どっちでも良い」と紙に書いて出すと、両方の時間を書いて戻してくれ、買えることが分かり、早い方の10時25分の切符を買うことが出来た。一人30元。なんだあ、チケット、あるんじゃん。

 チケットを握り締め、父親の元に走ると、「おう、なんだ買えたのか」とびっくりされる。タクシーの運ちゃんは会社に交渉までしてくれ、400元から300元に値下げしてくれていた。父親が丁重に詫びを言った。


 1時間半ほど時間が空いたので、銀行へ行くことにした。
 雑貨屋のオヤジに道を聞いて、初めの銀行に着くも、両替はやっていないとのことで、別の銀行へ。両替、私のカードでのキャッシング、トイレ、お茶まで飲んで、ゆっくりする。
 そんなこんなで1時間はあっという間に過ぎて、バスターミナルへ戻る。

 奥の9番のベンチ。阿美は売店で8元の玩具(クルマに乗った犬が携帯を手にしていて、紐を引っ張ると車と手がせわしく動く物)と、某クマさんのペラペラ絵本(2元くらい)を買ってもらって、ご満悦。
 隣のベンチの杭州行きのオバチャンに、母親と私と阿美とそっくりで「ぴゃおりィゃん」、と褒められる。
 待っている間、もし、一人だったら、ここで杭州行きの切符を買って、杭州を旅することも出来るんだ、と思ったら、そういう自由な旅が急にしたくてたまらなくなった。

 
 上海→嘉義の軟座(鉄道、24元)より高いくせに、バスは普通の中型バスで、台湾の豪華だし空いてるしの快適バスが、恋しくなる。
 口癖の「お腹が空いた・なんか食べたい」が始まったので、さっき買った茶茹で卵を一つづつ食べた。
 途中何回も「トイレ」と言われたが、「もうちょっと、もうちょっと」と騙し騙しして、なんとかお漏らしなしで辿りつくことが出来た。良かった!

 
 オレンジな南站に到着、阿美の心配していた“バスのお腹にしまったベビーカー”も無事ご帰還、たしか3角の、綺麗なバケツ水流し川トイレ(川のような溝があってそこで用を足し定期的にオバチャンがバケツで水を流しに来るやつ)、もしたし、気分を変えてお昼ご飯を食べに地下鉄で、さあ出発!!


 一時は大枚はたいて、の覚悟までした上海帰り道中談、ひとまずお終い、次回、上海半日・右左(みぎひだり)、へ続く!


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by souslecieldetokyo | 2008-11-15 00:55 | asia散歩
 本当はもっと物色したり、買いたいものも多々あったのだけれど、お金を下ろしていなかったので、泣く泣く通り過ぎるのみ。
 
 買ったもの。
 オリンピックのキャラクターの木のオモチャ(紐を引っ張ると手足がカチャカチャ動くやつ)をワンセット。15元。
 瓜子酥なるおこしのようなお菓子をお土産に4つ、20元。
 名物のお菓子、八珍糕は香料がきつくて好みじゃなかったので買わずに試食のみ。
 じいじは茹でた菱の実を晩酌のつまみに購入していた。

 食べたもの。
 豆腐花、デザート代わりに、甘くして。3元。
 臭豆腐、3元、台湾に引き続き、阿美もパクついてた。



 せっかく高い券を買ったのだからと瓦、酒の博物館に入るも、特にどうということも無し、こちらに知識のないせいだろうか、説明書きもないので、流し看て終わり。西圓という大邸宅のみ、2階に上がると、渡り廊下の下を細い路地が通っていて、そこを歩く人々を眺めることが出来たのが面白かった。

 
阿美が寝たので、宿近くの橋のたもとの東屋で、一人ぼんやりする。両親は宿で休憩。

 
 編み目がものすごく細かくて上手。銀色の金棒の長い編み針。モヘアの黄色の毛糸も、その編み針もとてもとても使いやすそうだ。その、編み物をしている御かみさん、なにやら話しかけてくるも、片言なため、会話が繋がらない。でも、母親が帰ってきたときストール代わりにしていた毛布を、いくらで買ったのか?とすごいいきおいで聞いてきたので、こちらにいたく興味深々なのは伝わった。

 
 阿美が起きたので、又宿に帰り、ごろごろする。天蓋、萱付きのベットが面白いらしく、何度も「こんにちわー、入っていいですか~?」を繰り返す阿美。昼寝もしたから、本当に元気。

 
 すこーし夕暮れになってきて、提灯も点りだしたので、夕飯へ。
 宿の若女将お勧めの、船の酒店へ。2船あるうち、感が働いた方、後ろに泊まっているほうへ。
 醤鴨、青菜、炒飯、菜花魚蒸蛋(小さい川魚入りの茶碗蒸し)、特色農家菜 斎菜包圓(野菜餡、湯葉包み)、龍蹄(うんと大きい固まりの骨付き角煮みたいなやつ)、雪花啤酒、椰奶汁等、〆て208元。
 
 青菜、炒飯が中華街行きつけの店風の味だったので、阿美、茶碗に2杯ほど食べる。
 菜花魚はほんのり泥臭く、小骨も多かったが、いかにも江南の風な感じがして、ペッペッと食べ散らかし、旅の風味を味わった。
 斎菜包圓はうんとあっさり味で、もともと湯葉はあまり好きでないので、2,3個食べたのみ。じいじにはわりと受けてた。
 龍蹄は、名物中の名物で、期待していただけに、ちょっとがっかり。脂身が多く、肉もそれほど柔らかくなく、食べづらい。さっきつまんだ十三香札肉がでっかくなって出てくればよかったのに。。。しかも蒸すのに時間がかかったらしく、最後の最後に出てきたので、お腹も膨れていたから、余計ムムムだった。
 
 とはいうものの、地元の男衆の宴会風景(本当にタバコを皆に配ってから吸ったり、ピッチャーの老酒をカパカパ飲んではお代わりして、全員首まで真っ赤。)を眺めたり、酒店船猫と遊んだり、旅情、食欲、共に満足する。

 
 すっかり日も落ちて、提灯が揺らめく川沿いを歩く。
 目に付いて初めての灯籠屋で、ピンクの灯籠(1元)を買い、川に流す。
 阿美の健康を願った。

 
 麦芽糖が美味しそうだったので、一串買って舐める。たしか2元。
 喉によいと書いてあったけれど、本当にそんな感じで、瓶につめて持って帰りたいくらいだった。

 
 約束の、“真っ暗っくーのお船”に乗りに、船着場へ。
 夜遊船票、一人20元。
 乗り合いで10人までだったが、体重が左右違ったらしく、初めすごい揺れる。阿美も恐かったろうが、私も恐かった。。。

 漕ぎ出すと揺れも収まり、「上下影揺波底月」の通り、ずっと見たかった夜の水郷古鎮の顔を船から眺めることが出来、ご満悦。

 さっき食べた船の酒店を過ぎたところで、3人くらいの若者が、「ここで降ろしてくれ、宿の近くだから」とか言って、本当に降りてしまった。やり取りを聞いていたが、船頭さんの方言がきつくて、何度も、「分からない」「何だって?」と若者が聞き返していたのが、そういうこともあるのか~、と思って興味を引いた。

 我々はもちろん船着場まで戻って、解散。
 写真をたくさん撮ったつもりが、揺れる夜の風景じゃあブレブレなのは当たり前、で出来が今イチ。いつの日か、リベンジ、果たしたいもの!


 船着場付近のお祭り屋台風レストランも、賑わっていて、心惹かれた。

 
 宿のオヤジにお湯を貰って部屋へ。じいはビールの栓抜き、コップ等借りていた。
 宿は壁が薄く、隣のじいじのテレビの音がうるさくて、なかなか寝付けず困った。けれど朝方阿美が、母親の名前を読んで泣いたときは、その声をとっさに聞きつけて、“トントン”しに来てくれたので助かった。壁が薄いのも一長一短??
 また、夜は非常灯も何もないので、トイレにいく時や、物を探す時、列車内で買った手圧手電筒!が大いに役に立つ。

 
 そんなこんなで更ける江南の夜。2日目終了、なのでした。
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by souslecieldetokyo | 2008-11-13 00:42 | asia散歩

西塘行き。

 今日は西塘に行く日。
 体育館から日帰りの往復バスが出ているのは知っていたのだが、今回は一泊するため、また阿美が電車(トレイントレインが)大好きなため、嘉義経由で行く。


 早く起き、身支度、じいとばあと阿美はホテルの2Fの朝食へ、私のみ、一晩部屋を空けるので、ある程度の片付けをして、遅れて合流。

 ホテルの朝食は、まずまずの品揃えのビュッフェだったけれど、食指が動くものがあまり無く、時間も無かったので、菜包とゆで卵とアンドーナツみたいなのを列車の中で食べようとビニール袋(中国旅行の必需品!)につめる。


 ドアマンに「蘇州へ行くのか?」と聞かれて「西塘」と言うと、「ナンバーワン!」と太鼓判押される。
 タクシーで駅へ。
 母、耐え切れず?アンドーナツを車中で食べ、「見かけよりおいし~い」とのたもう。

 月曜の朝一だしさくさくっと到着するかなと思っていたが、途中少し渋滞。読みが甘かったようで。。。駅の前の地下のロータリーで降ろされて、ウロウロしながら、急いで構内へ。それなのに変な場所から入ってしまい、待合室に入れず案内表示が見ることが出来なくて、仕方なし、また走って戻り、服務員姉さんにプラットフォームの番号を聞きに戻るはめに。
一人でも欠けると騒ぐ心配性の(たぶん迷子になると困るから)阿美のため、今回は全て団体行動。4人でバタバタと走り回る姿は、きっと傍目で見てたらおかしかったんじゃないかな?

 ながーいプラットフォームを走るように歩いて、自分達の乗る2号車へ。すれすれセーフ。始めは空いていた車内も、次の駅ではほぼ満席になった。


 走り出すや否や、お湯を注ぎに通路を歩くオジサン達。お決まりのカップラーメンの風景に心動かされるも、ここはじっと我慢して、ホテルで打包した朝ご飯する。
 阿美はおやつに、日本より持参のキティちゃんのラムネを食べていたら、前の座席のお爺ちゃんがヒョコッと隙間から顔を出して挨拶するので、公園の時の感覚で、それをお裾分け。お爺ちゃんは普通に食べて、茹でて干した青豆をお返しにくれたが、お婆ちゃんは「こんな得体の知れないもの」、みたいに言って食べず、お爺ちゃんに渡していた。私だって、知らない人から貰った白い錠剤みたいなお菓子、そうそうは食べないだろうな、と思って、違うお菓子にすればよかった、と後悔。。。

 ワゴンの飲み物販売とは別に、オモチャ売りも2回来た。そのうちの最初の方、電池の要らない懐中電灯(スペーシーな列車写真箱に入って携帯サイズのイカスやつ、手圧手電筒)を記念のオモチャに10元で購入。これが後々大活躍で、思わぬ良い買い物となった。


 嘉義で降りて、バスに乗り換える。バスの集合ターミナルまでは少し歩く。地図も何も無かったので、街中に立っていた案内表示があって助かった。
 次の日の帰りのバスの切符を買おうと売り場へ行くもガラガラで、本数も北駅南駅ともに30分に一本と多かったので、明日また買えばいいと、素通りしてしまったのが、これまた今思えば大きなミスだった。
 西塘へは途中停車もする小さなバスで、切符も車内で購入。一人3元。30分程度で到着したは良いが、古鎮の入り口からは少し遠いところだった。人力車代をケチって、てくてく歩く。
 入場券だけ、ってのは無いらしく?100元の11箇所の博物館のパスの付いた高い切符を買う。


 入り口抜けてからも、中心部までの長いこと!「深さ3メートル、子供の落下に注意」の看板をものともせず跳ぶ様に歩き、池沿いを駆け抜ける阿美の後を追いかけて歩くから、神経も立ってくるし。
 二人くらいの人に道を聞いて、やっと土産物屋の立ち並ぶ古鎮の繁華街ならぬ繁華路へ出る。

 泊まろうと目を付けてあったのは、700年前だかの清代に建てられた民家、“尊聞堂”の2階。あるという石皮路(西塘で一番狭い路地、石の回廊)を探しうろつく。
 最初10元の入場料を取られそうになったが、「空き部屋ありますか?」と聞くと、すぎに2階に案内され、3部屋見せてくれる。それぞれにベッド、調度品が違ったが、隣り合う2部屋をチョイス、合わせて200元。ちなみにシャワーも付いていたが、使おうと思う気にはなれなかった。が、一人50元だから文句も出ない。


 散策開始!
 目に付いた店で手始めに名物のお肉“十三香札肉”一個5元なりを購入。八角他、香料のたくさん入った醤油味の、よく浸み込んだ肉がおいしくて、阿美にほとんどひとつ食べられる。

 いたるところで見かけたのが、ヒラヒラと翻る色とりどりのシーツに洗濯物。昨日が日曜日だったので、泊まり客が多かったのだろうか、あっちでもこっちでも、シーツや布団カバーが干されていて、洗濯物が干してある風景は大好きなので、嬉しくなりたくさん写真を撮る。


 反対岸から見て良さげだった食堂に入り、川面を見ながら昼食タイム。かぼちゃ塩天ぷら、名物の菱の実の塩茹で(毛豆菱角)、面も飯もなく、仕方なし?店の人が勧めるし皆が頼んでもいた饂飩老鴨保(+火)、母親が漬物っぽいものが食べたいというので生姜の醤油漬け、それに西塘ビール×2本、お茶。
 持っていたペットボトルの水を、テーブルの端に置いておいたら、ふとした弾みで窓の外へ落ちてしまい、チャポン。父親と阿美が売店に買いに行くも見当たらず、背に腹はかえられぬ、と水を一本(5元!)頼む。
 かぼちゃの天ぷらの塩胡椒加減がおいしくて、皆でペロリ。阿美の非常食に、またもビニール袋に少々を入れ持ち帰る。鴨好きなので、饂飩のスープを気に入る。饂飩はごくごく普通の味でした。これでオジヤしたら、最高なんだけどな。。。


 二日目午前でした!
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by souslecieldetokyo | 2008-11-10 23:41 | asia散歩

湖南料理の夜

 公園仲間が皆、お受験シーズン真っ只中というのに、七五三のお祝いで上海に行って来るなんて口が裂けても言えなくて、ましてお土産を配って渡すのも今このご時勢(農薬メラミン問題等)はばかられたので、あんまり人には言わないで、ひっそりと旅行に行ってきました、上海。

 いくら仕事が忙しいとはいえ、男(旦那)一人を日本に置いておくのは、何が起こるか分からないとの父親の心配から、今回はたったの4泊5日、しかも父親の選択による格安ツアーのせいで、夕方着の早朝発、なる実質丸3日の短い旅。
 でもお祝いで“おんぶに抱っこ”で連れていってもらっている身、文句も言わずにその日程で了承したが、終わってみれば、何にも買えず何にも見れず、やっぱりあと2日は滞在したいことろだった、と少し恨んでみたりして。

 
 
 当日は羽田11時半集合だったので、ゆっくり支度し、途中品川でブラリとしても、1時間強で到着。羽田は、やはり楽チン。
 思いのほかチェックインカウンターが並んでいて、それは成田と同じだった。

 阿美(チビ、2歳半)は飛行機大好きだから、搭乗口で飛行機が見えただけでテンション上がり、早く乗りたいと駄々をこねる。普段は買わない幼児向け雑誌でご機嫌取り、アンド、持参のお握りで腹ごしらえ。

 
 タクシーのシートベルトは好きなくせに、飛行機のシートベルトは嫌いなのか、単にじっとしているのが嫌なのか、とにかく離陸時ちゃんと座っていることが出来ず、きつく叱って泣かせてしまう。
 飲み物の配膳が始まると、ジュースが飲めるのが嬉しくて、機嫌も復活。
 機内食はいつもの通り、ほとんど手付かず、日本ソバだけ、少し食べる。

 飛行機、予定より早い時間に、スムーズに着陸、ツアーなためガイドさんの車でホテルまで移動(でも他にピックアップの日本人客は無し)、市内付近で渋滞にはまり、それでも四時半頃にはホテルに到着。
 虹橋からの移動は初めてだったのだけれど、ずいぶん郊外の辺りから香港並みの高層ビル、大型ショッピングモールが目に付いて、市街地の都市化も拡大してるんだ~、と思う。



 ホテルは最安ランクの銀波大飯店。台湾と違いラブホで無いだけが救いの、下の上クラスかな~?でも日本の旅行社の、我々同様のフリープランツアーでここを選ぶ人が無きにしもあらずな感じで、OL二人連れや老夫婦の姿をちらほら見かけた。
 ちなみに折江省の代表団も万博の際こちらに泊まるらしく、ピンクの紙に書かれた「熱烈歓迎」のお知らせがフロント横に置かれていた。

 5時半、復旦大学に留学中の友人彼氏殿とロビーで待ち合わせ、H君、バスの渋滞に巻き込まれたとのことで、15分遅れの登場。着ていた白のチャイナテイストのジャケットは、かつて我々も行ったことのある布市場で、オーダーメイドしたとのこと。「住んでいるので、何回もやり直し注文が出来んです。」とH君。

 
 タクシーで今夜の夕食処、行きつけの湖南料理店へ。最初奥の個室の方へ案内されるが、ざわざわとした広い部屋のほうが返って落ち着くので、混み込みの店内の4人席テーブルへ、無理やり5人で座ることに。
 父親は一人、上海駅へ明日の切符を買いに行っており、このときまだ不在。

 料理を適当に注文し、先に青島ビールでちびちびやってることに。阿美は「じいじに会いに行く」と言って下まで降りていっては、乞食に寄って来られて退散、2階に上がってくる、というのを3、4回繰り返す。その度引き連り廻されてへとへとなのは、我が母M子殿。
 
 湖南料理は辛いのが特徴で、蝦の串焼き、スペアリブ、蟹の干鍋、みんな激辛。それでもお茶で洗いながら、蝦、2,3本は食す阿美、恐るべし。他に阿美用に彼女の大好きなザーサイのスープ、空心菜炒めを頼む。
 小さい素焼きの茶碗で蒸すご飯も有名で、それを4つ頼んであったのに、なかなか来なくて再度言うと、すぐ持ってくる。オーダーが伝わってなかったらしい、あいやー。

 程なくじいじも合流し、ここにくると必ず頼む、シャングリラという野生の葡萄の赤ワインで乾杯の仕切り直し。初めて飲んだとき、干したような葡萄の甘さと野生の渋みが、唐辛子の辛さと相まって、なんておいしいんだろうと感激したが、今回はそれほどでなく、「もう野生の葡萄は取れなくなってしまって、きっと普通の葡萄で作ったんだろう」、とか言い合う。

 
 お腹も相当に膨れてきたが、阿美をおんぶして店内を探索したところによると、皆、黄色くて丸い揚げ物の蜜がけを食べていたので、余ったら持ち帰ればよし、とそれをとることにする。メニューで調べるとそれは“バナナ”でありんした。
 我々付きの服務員君が小分けにして水に漬けて剥がし、食べやすくしてくれる。でもやっぱり蜜でかっちり皿にくっついていて、取りづらかった。。。とは言うものの、甘いもの好きの我ら母子、「バナナの天ぷら飴おいし~い!」「何で今まで頼まなかったんだろう?」と食べる。
 H君お勧めの金銀饅頭も、香港で食べた練乳添え揚げパンな感じだし、なおかつ優しい素朴な甘みだし、としっかり別腹する。

 
 食事途中頃で、“じいとばあ”が去年仲良くなった服務員お姉さんが現れて、再会の挨拶を交わす。5歳の男の子がいるなんて思えないくらい、若々しく、美人で愛想が良い。「今年は上海蟹を食べないの?」と聞かれ、H君もまだ食べていなかったので、雄雌各一匹づつ頼むのは、蟹だけのために半年留学したと言っても過言ではない、家の父。
 最後、彼女と記念写真をパチリ。去年話したときには、「早く出稼ぎを終えて息子のところに帰りたい」と言っていたそうだが、果たして今年も居た。来年は?どうだろう。でももし居たら、この写真の焼き増しを渡すんだ。

 
 地下鉄で帰るというH君と別れ、店の前でタクシーを拾おうとするが、空車、全然止まらず、これが各人がブログでよく書いている「夜遊びの後、タクシーが捕まらず困難する」の図か~、と実感するも、埒があかないので、花園飯店へ向かうも、状況は同じ、結局准海中路まで出て、少し待って、ようやく捕まえる。

 
 阿美タクシーの中で寝付いたのに、ホテルへ戻ると起きてしまい、着替えて寝かしつけるのに苦労する。
 今回は二部屋なので、じいのイビキには悩まされずに、母、我、チビでぐっすり眠る。
 それでも途中肩が寒くて起きてしまい、マスクと、マフラーと、上着と、睡眠導入剤(志ん生落語、i_pod)を取りに行く。

 
 一日目終了ー!
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by souslecieldetokyo | 2008-11-08 23:38 | asia散歩