古本 フリマ 散歩


by souslecieldetokyo
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<   2008年 07月 ( 7 )   > この月の画像一覧

日支関係×2冊

 旦那の実家綾瀬のいかした古本屋、デカダン文庫で旅行前に買ってあった東亜同文書院生 山本隆 1300円と、内山完造伝 小澤正元 1600円(両方とも私にとっては高額品、清水買いする)にようやっと着手、しかし考えつつ、感じつつ、すぐに読みきった。
 
 東亜同文書院とは、戦時下上海にあった、大元は日支親善友好を目的として出来た学校で、我が老師の母校でもある、私にとってとても興味の尽きない存在であったが、NHKの“ドキュメント昭和”を書籍化した角川の本で一章触れられていたくらいで、その全てを知ることはなかった。
 頼みの綱の老師は、昭和17年頃の入学で、最後の1,2年は学徒出陣で勉学どころではなかったので、名物の卒業大旅行もすることなく敗戦、引き上げ、とのこと。当時のことはあまり話して下さらない。
 
 筆者は昭和12年入学の、16年12月卒業、その後も上海で過ごし、旧満州で敗戦を迎え、1年後の12月に引き上げている。
 彼が在籍していた頃は、ストームという寮内での飲み会が盛んだったこと、同県人の先輩が朝夕一時間ごと1年生の中国語勉強をフォローしていたこと、2浪3浪の強者も多く自由で賑やかな雰囲気だったこと、「点と線」でなく「点と点」であった戦時下の中国を卒業調査旅行したがどこでも同文書院生と分かると歓迎されたこと、長崎分校時代の夜遊びの相手と後に満州で出くわし、強制労働逃れの偽装結婚をしたが、引き揚げ船で帰る際、彼が寝ている間にロシアの兵隊に慰安婦で取られ、気が付いたら居なかったこと、父方の仙台の実家で中学人留学生を下宿させていて、その時の学生の娘さんと恋仲になり、敗戦後何度も上海へ戻ろう試みだが行けなかったこと、等々、歴史の波と自身の葛藤と、筆者の青春が詰まっていて、同文書院のことどもだけでなく、読み応えがあった。
 
 自由を求めて上海という別天地の同文書院に入ったが、結局日本軍の保護下で卒業旅行をし、自由でない。その外に出てみてもやっぱり中国軍という別の軍に入ることでしかない…という、権力の傘の下の自由と、反権力の立場を取れば、一生追われる身の不自由さ。この二つの狭間でもがき苦しむ姿が、印象的であった。
 私なら、どうするか。。。魯迅の妻、許広平のように、反権力を貫けるか。。。

 
 
 内山完造伝も、そうしたことを感じさせる、少々文章は読みづらかった箇所もあったが、私にとって考えるところの多い本となった。
 魯迅と彼の友情関係は広く知られていて、上海では二人の語らう銅像も立っているし、現在の魯迅記念館は旧内山邸だ。語られている本も何冊か読んだ。それでも、内山氏自身にここまで焦点が絞られた本を読むのは初めてだったので、知らないことも多く、また、日中友好協会の初期の歴史も語られていて、勉強になった。
 
 まず驚いたのが、内山氏が、文楽のあばらかべっそん宜しく、とんでもない悪がきで放蕩丁稚だったこと。色でなく、食道楽ではあったが。
 その後とことん迷信に懲り、しかし導かれてキリスト教と出会い、裸一貫で眼薬の宣伝販売の為中国に渡り、日本人苦力時代を経て、内山書店を開くにいたった。商品の本をすべて部分読みし客との会話に困らないようにしたり、支那人日本人軍人学生、身分職業問わずどしどし貸し売りし信用を厚くし、書店隅に席を設け茶を振る舞い交流を図り、どんなに忙しくても内村艦三の書と聖書の勉強は欠かさずし。。。頭が下がる思いだ。
 
 しかし魯迅とどうしてあれだけの親友でありえたかというと、彼の大衆性に魯迅の思想が反応した、それが一番の要因ではなかったかと感じた。
 初めての揚子江下りで、他の日本人が手が出なかったどろどろのお粥と塩蛋の朝食という「試験」に合格した時からずっと、彼の視線は中国の大衆と共にあった。
 また、奥深い中国のあれこれに触れるにつれ、中国からこそ何かを学ぼうと心して、少し崇拝とも取れるほど、中国に魅力を感じていた。
 多くの日本人の様に利益不利益で議論をせず、良い悪いで議論をしたのも、魯迅の気に入るところであったろう。
 横眉冷対千夫指 俯首甘為儒子牛(敵に対しては一歩も譲らないが、人民に対しては牛となって奉仕する意)の言の説明を魯迅から受け、泣き、また魯迅も涙を流した、この心の交流こそ、二人の関係の真髄と思った。
 
 最後まで魯迅一族を守り抜き、命の、心の支えとなったその功績はあまりにも大きい。また戦後の日中友好協会初代理事長としての功績も称えられてしかるべきだ。日本に彼の資料館記念館が無いのはどうしてか??神田の内山書店は健在だけれど。。。


 
 今日は本当は老師が行きたいとおっしゃっておられた小ロンポウのおいしいという店へ、済南で幼少時を過ごし引き揚げてこられた老婦人の元クラスメイトと、チビと、誘ったが来られなかったので老師抜きでお昼を食べに行った。彼女の戦中、戦後のお話もとても興味深く、お父上は35歳で兵隊に取られシベリアで帰らぬ人となり、墓参に旅したときの話なども胸が痛んだ。
 
 なんだかずーっと戦中戦後の日支のことを考えていた数日間。
 クラスメイトも言っていたが、悲惨なことだらけの戦争だったが、軍人軍閥国としての日本は嫌いでも、個人レベルでの心の交流は確かにあった、そのことが唯一の救いのような気がする。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-30 00:42 | 古本

食べ納め、買い納め。

 悲しき最終日。

 昨日の夜頑張ってある程度荷造りしておいたので、朝はけっこうゆっくり。
 でも一時間押しで出発し、バスで善導寺市場の好きな朝御飯屋へ。

 豆乳、蛋餅、葱餅、油条、の定番朝ご飯。いつもは日本語喋るお祖父ちゃんがいて、優しく注文の時付き添ってくれるのに、降り悪く日本の雑誌?の取材班が来ていて、お祖父ちゃんはその接待をしていて、今回は話せなかった。
 朝のめちゃ混みの時間帯だったので、たどたどしい私の中国語にイラつかれ、珍しく嫌な対応のされ方する。
 老師にここの焼餅をお土産にしたかったのに、結局そんなで諦める。
 阿美はどこ吹く風で、朝御飯にぱくつき、いい子。


 本当はバスで市民大通の裏の大型地元スーパーへ行って最後の買い物をするつもりだったのが、めげて、市場横の小さいスーパーで済ませてしまうことにする。
 階段脇で、阿美のオムツ替え。

 葉炒め用調味料や、浅蜊スープの素、予備の茶梅、しょっぱい干し梅、ヘンテコバイク用の大きい布付きマスク、その他あれこれ、〆て650元。

 バスで重慶南路。
 気になっていた4階建てのなんでも雑貨屋で、ピンクのおじさん顔蝿叩き、ステンレスの弁当箱、布巾購入。
 昨日通りかかった靴屋で、自分と親用に黒のシンプルな布靴を。150元×2。だけど、自分の靴、片方荷コボレしてしまって、日本の自宅についてみたら無く、ショック。。。また買いに行かなくては!!
 
 愛玉屋でラスト愛玉。こないだおばさん食べてたから、紅豆愛玉にしてみたら、甘甘シロップで、撃沈。途中まで食べて、やっぱりお店の人に「檸檬シロップ足して」、って言いにいく。と、「そんなことして美味しいの?」ってつっけんどんに言われるも、「いいから!」って押し切って、檸檬シロップ入れて貰う。こないだの家族連れ、それでも「甘みが足りない」みたいに言っていたのだから、こっちの人の甘甘好き、恐るべし。

 ホテルで、最終荷造り。
 相方と阿美だけ、阿宗麺線、パパイヤ牛乳、魯肉飯、と食べ納めのはしご食べ。
 チェックアウトが12時だったので、ゆっくり出来てなんだかんだと良いホテルだった。
 郵便局行きそびれたので、フロントでエアメイル頼む。20元×3枚。

 タクシーで国光バスの台北東駅。桃園機場が中正国際空港と同じだって、なんと初めて気付いたワタクシ。国内線が松山だって知ってたのに、桃園と中正が一緒だって、なんで知らなかったのか???阿美、もちろんのこと、席なしで、膝の上。
 13時チェックイン。
 相方、職場土産のパイナップルケーキ購入。
 最上階の、台湾小吃でホントにホントの食べ納め。魯肉飯、花枝湯、小龍包、台湾ビール、愛玉屋の隣の素食屋の玄米弁当。。。
 
 ゆっくりしてたら最後バタバタとなって、キティちゃんトイレに行かせてあげられなかった、ごめんよ阿美。エヴァは機体までキティちゃん。サービスの子供用オモチャもキティちゃんでした。

 19時成田、サミットの所為で携帯品申告書の義務付けされてて知らずに税関通ろうとして、呼び止められる。
 エアバスで最寄のホテル、それからタクシー。
 これでタクシーも乗り納め、“残念でしたー、また今度~”、の阿美。

 書き忘れていたけれど、花蓮の朝市でも、ジュース買った店で阿美にバナナ一本貰ったり、お茶屋さんでもお菓子山盛り貰ったり、火鍋屋でもサービスでプリン貰ったり、と、今回の旅、相当阿美、可愛がられ、また得をしている。それもこれも、台湾の人柄の良さの表れ!リピーターが多いのも頷ける所以ですね~。謝謝!

 おしまーい!
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by souslecieldetokyo | 2008-07-17 20:57 | asia散歩

台北西東。

 一人早起きし、地下の食堂でミルク珈琲飲みながら、3枚だけ葉書を書く。新聞の一面には、昨日の雷の写真。今日も降るかしら…。。。思えば基隆でも花蓮でも降らなかったのが奇跡的なだけの話ダモンナ。

 
 9時出発、まずは、昨日の夜ATMで降ろせなかったというお金の件で、相方銀行の窓口へ。相談係、みたいなコーナーがあってそこへ行くと、お姉さんが英語で丁寧に出来なかった訳を教えてくれる。横に居たおばちゃんもわざわざ外まで付いて来て、「分かりましたか?」って聞いてくれる。みんなみんな親切。台湾に居ると、“親切慣れ”してしまいそうで恐い。。。

 ホテル裏のバス停に向かう途中、米加という珈琲ショップで、オヤジが新聞読みながら美味しそうな朝御飯してたので、つられて、美式早餐する。トーストしてあるフランスパンかクロワッサン+フレッシュ野菜+たまごサンドの中のやつ+ツナorハム+デカサイズの珈琲or奶茶で90元。
 飲み物はでかすぎて飲みきれず。みんな新聞読んだりパソコンしたりお祖父ちゃん4人でぼーっとしたりしながら、のんびり朝御飯してる。しがない旅行者のうちらはそんな時間もなく。。。哀。

 
 途中二人ともトイレに行きたくなるが、適当なところがないので、我慢して、バスで相方の現地職場へ向かう。バス、寒いので、長袖着てさらにストールお腹に巻いて、じっと我慢。
 オフィスビルに着くや否や、二人ともトイレに駆け込み、昨日の麻辣臭豆腐火鍋と格闘。。。。阿美だけ元気で、まったくもって羨ましいかぎり。
 冷や汗も治まったところで、現地の先輩お二方にご挨拶。九份、基隆、花蓮を回って来ました、というと、「いや~、初めて会うよそんな家族!」とびっくりされる。お二人ともお子さんがいらっしゃるので、学校の話とか、阿美は大っきい、とか、よもやま話す。

 
 カッピングがしたかったので、お店を紹介して貰いタクシーで出かけるも、地名の聞き間違いをされ、兄弟大飯店のある南京東路に連れていかれる。。。
 せっかくだから、とそこで降り、MTRで忠考復興に出て、SOGO裏の公園で阿美をひとしきり遊ばせて、お目当ての哨子麺の店で昼食。ラタトゥイユみたいな野菜と牛肉のトマト煮の麺で、牛肉トマトに目の無い相方にうってつけの店。阿美も喜んで食べる。野菜がたくさん入って、優しい味。
 地下のショッピングモール薬局で、阿美の食事用前掛け(スポンジボブ)59元。今回2枚しか持ってきていなかった為。


 猫空に出かけて初ゴンドラするつもりが、月曜日はメンテナンスで休み、とのポスターを見て、明日に計画変更して、台北駅に引き返す。
 地下の土産屋で、台湾鉄道版チョロQ×2、同じマンションの阿美の男の子お友達にお土産として。

 
 地上は暑いので地下道を通り中山駅方面へ。書店街、今日はやっていない。阿美寝る。
外に出ると雨が降り出しそうだったので早足で歩くも、相方方向を間違え台北駅の方へ向かってしまう。途中私が気付いて引き返す。
 
 行きつけのお茶屋さんで、試食試飲、楽しいおしゃべりののんびりタイム。入れてくれるお茶、どれもおいしくて気に入る。女主人の王さん、大女将さん、4年ぶりなのにちっとも変わっていなくって、お茶パワー恐るべし。
 途中、阿美起きて、“お茶ダンス”を披露したりして、大モテ。雨本降りに。
 王さん一押し高山茶、定番の文山包種、凍頂烏龍、ちょっとお高い東方美人、茶梅、ドライマンゴー、茶器、等々大人買いする、エッヘン。

 
 タクシーで迪化街の市場へ。
 市場2階の布問屋フロアでチャイナ布、ヘンテコレトロ布、750元分お買い上げ!何を作るか考えずとりあえず4尺づつ買ったので、それっぽっちの尺で何が出来るのか、ちと不安。でも、帰ってからとりあえず、赤のチャイナ布で、座布団カバー×2を手作り。ミシンを人に貸しているので手縫いなのが玉に瑕だけど、部屋にチャイナが増えるのは悪くない気分。

 市場一階外の名物屋台で雨宿りを兼ね、杏仁露を阿美と二人で一椀。相方はトイレット。ところが阿美、気に入ったのか一口も食べさせてくれない、けちんぼ。心配していた市場のトイレットはボットンだったけど意外に掃除が行き届いて綺麗だった、とは相方の弁。

 からすみや花茶など他に欲しいものもあったけれど、布の買いすぎのせいでそうも言い出せず、相方の欲しかった愛玉のみ、最初に目にしたお店で購入(本当は一斤からのところ、100グラムで売ってくれる。優しい)し、迪化街はこれでお終い。
 でもせっかくだから、と、市場横の縁結びの神様として有名なお寺で、ちょっとお参り。縁結びはもう縁がないので、それ以外のものに良い赤いお守りを100元で購入。売り場のおばちゃんが何か言ったが聞き取れないで「ティンプトン」と言うと、「ほらほらほら、付いて来て!」と言って、お堂の外のお線香立てのところに引っ張っていかれ、「お守りをこうして、3回回すのよ」と線香の煙の上で回してくれる。アリガタヤ。
 30後半くらいのお姉さまが一人、ガイドブック片手にお参りに来ていて、日本語(しかも関西弁)をぶつぶつ独り言しながら、本式にお参りしていた。本式にお参りするのはいいが、独り言ぶつぶつは、ちょっといかがなもの??

 
 雨、だいぶ小降りになる。
 でも荷物もあったので、タクシーでホテルへ。この頃から、阿美、タクシーに味をしめ、タクシー大好きっ子になってしまう。日本ではこんな風にタクシーたくさん乗れないんだよ、すまんねえ、阿美。。。

 
 小一時間、ホテルでぼやっと。
 我的マーにスパンコールの靴、とリクエストを受けていたので、城隍廟辺りの靴屋街に行くも、刺繍靴は探せてもスパンコール靴は無く、諦める。
 市場の雑貨屋で、阿美の傘80元、食器屋で欲しいコップがいくつもあったが、売り物のスプーン立てで使っているので売れない、と断られる、仕方なし。
 
 MTRで台大医院から中正記念堂へ。
 昨日通りかかって繁盛していて美味しそうだった火鍋屋へ、最後の晩餐をしに行く。結論として、古亭からのが断然近かった。。。なので着いた時にはお腹ぺこぺこの我ら。
 今日は平日のせいか空いていて、広い店内なだけにちょっと寂しい。
 
 羊が食べたかったのに、何故か牛肉頼まれる。その他、蝦、阿美の好きなエノキ、相方の好きなトマト、私の好きな酸白菜、凍豆腐、白飯、など頼む。相方はもちろんピージィヨウ、私は何故か火鍋につきものの酸梅湯。
 大陸東北風のちゃんとしたほーこーつ(であってる?)鍋で、久しぶりのしゃぶしゃぶ。途中、丸い煙突の蓋をずらして火加減調節してくれたり、鍋底足してくれたり、店員のアルバイト君たち、さりげなく親切。肉、相当な量で、やっとの思いで食べ切る。
 タレは壁に並んだ調味料置き場に行って自分で調合する、ってやつで、行く度毎回、香菜山盛にしすぎて店員に笑われる。その店員も、うちらの並びの奥のテーブルで、夕飯タイムしてた。

 
 バスで戻るつもりが、夜で本数が少なく来ないので、またMTRで、今度は西門まで乗る。裏道からホテルへ戻ると、10元ショップを見つけたので、昨日買いそびれた眉バターソなるヘンテコ土産と、メルヘンな少女絵柄箱の白粉(ディスプレイ用)なんかを買う。59元。
 
 相方のみタクシーでマッサージ第二弾。マッサージ1時間、足裏、耳掃除で〆て2250元。ミニスカートのお姉さんが背中踏んでくれる、超高級店へ行ったのでした。
 耳掃除、前回行った時は二人とも、ベリベリベリ、って膜みたくこびりついてた立派なものが取れたのに、今回は期待していたほどは取れなかったとのこと。朝に晩に、休みとなれば一日中、耳かき片手に過ごしてて、そんなに耳垢溜まりませんよ、当たり前、って言いたかったけど言わなかったけど。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-16 21:48 | asia散歩

古亭、公館、一日散策

 夏風邪を引いた。先週の相方は疲れとばい菌で頬をやられ、点滴。唯一元気はチビだけ…。
 でも最近トイレトレーニングを始めたので、ここがかなりの正念場。パンツを履くと感覚が鈍るみたいなので、チャイナな“尻割れパンツ小娘”している。

 四日目、
 いつまーでも寝ている相方を残して、阿美と二人、せっかく無料なんだし…、と、地下の食堂へ朝食風景の視察。おかゆ、その他最低ランク。内装は意外と綺麗でホーチミンで泊まったホテルの食堂と似ていた。オレンジジュース、豆乳紅茶、阿美はおかゆ一口と甘いハム1枚だけ食べる。
 他のアジア、英語圏からの華僑の里帰りの家族連れが2,3組。それと食堂係のオバチャンとその息子。「ザオ」って挨拶。

 9時出発、一路おいしい屋台ストリートと評判の補習班通りへ。ところが、番地をメモしておらず、なんとなくこっちだろう、と思って歩くが、分からない。
 人の良さそうなアンちゃんを選んで声をかけるが、彼は受験生でなく、分からないという。「これから教会に行くので、そこで知っている人に聞いてみてあげる」と言われ、教会(といっても普通のビルの一階、YMCAみたいなセンター)でお姉ちゃんに引き合わされ、彼女があっちの方角、とこれまたアバウトに教えてくれたので、そっちへ向かう。
 やっぱり分からずコンビニへ入り店員に聞くと、「すぐ、ソコソコ」とのこと。横で聞いてたオヤジも外出た時、「あっちだよ」って指で教えてくれる。それでも「あっち」に行けども分からなくって近くの予備校の一階にいた受付嬢に聞くと、「着いてきて」って一緒に連れて行ってくれる。
 5人の恐るべき優しい道案内のおかげでやっとのこさでたどり着く。道と道のあいだの、名もなき細い路地。
 それなのに!お目当ての蔬菜蛋餅の店は12時からの営業でやっておらず、ガックシ。。。
 仕方なく、隣の隣の店で、チャーハン&目玉焼き&菜っ葉(菜心)炒め&排骨弁当を買って、店内で食べる。猫がいて、阿美大喜び。愛想の悪い不良オバチャンも嫌がる猫を立っちさせて、前足を掏りあわさせたりさせて、何気に阿美にアピールしてくる。
 私の分を半分残して非常食とし、店を後にする。

 MTRで古亭へ。
 すぐのミスタードーナツで何故か阿美にドーナッツを購入。選んだのはエンゼルショコラで、こぼすかな~、と心配したが、割かし器用におとなしく食べてくれ、この2,3日でも成長しているのが分かる。
 古亭市場で3枚100元のパンツ。フリーサイズ、って書いてあるのに、どれもサイズが大・中・小くらいに違う。でも柄重視で選ぶ。今回、途中で洗濯しようと思っていたのだが、面倒くさくなって止めたのだ。帰ってホテルのフロントで鋏を貸して貰ってタグを切ってたら、お子さんのですか?って聞かれる。自分のです、って言うと、絶句された…。

 近くにあるという乾拌麺の店を今度は住所を頼りに探し回るが、今度も発見できず。番地的に合っていると思われる建物はシャッターが下りていて、看板は無し、普通の住宅の様子。住所違いか、店畳んだか。
 阿美が寝たので、近くの丹提珈琲にて寛ぐことに。ブレンド35元×2。でもこっちの人はほとんど食事系を頼んでいた。それかこってり生クリームの甘いのか。

 メインストリート羅新福路を下って歩く。
 途中、金門特産中心で、竹の葉に包んである名物お菓子を購入。後日バイト先、公園ママ達等にパイナップルケーキのマンネリを避けて渡すと、「初めて食べた、美味しかった」と喜ばれる。ウシシ。
 阿美、オバちゃんに気に入られ、試食の嵐。ビーフジャーキーみたいなやつとか。

 昨日のスコールで汚れた靴が可哀想だったので、目に付いた子供洋品店で阿美の靴購入。やっぱりここでも「クーアイ、クーアイ」。ピンクのおリボンふりふりを止めて、オレンジや紫のサイケ渦巻きスニーカー600元と、つられてセール半額の緑リンゴTシャツ140元の2品。“愛的世界”という、かなりどこにでもあるチェーン店。

 続いてポップなTシャツ屋で、相方のTシャツ1枚。黒のターンテーブルにピンクのレコードの柄。700元、高い。阿美、赤いレゴ風ブロックにゴムが付いた髪留めをサービスで貰う。

 誠品書店台大店に着いたところで今日もすごいスコール、雷。まず初めに3階のトイレで阿美のおむつ替え、衝撃的光景目にする。
 相方とバトンタッチし、3階の子供向けフロアで雨宿り兼ねて遊んでてもらって、私は一人ゆっくり本を物色。台北市・台北縣の地図付きガイド本と、台湾1泊2日旅遊本、台湾伝統的布柄を集めたデザイン本、馬租の写真集、爆裂中国という中国本、MOGUというお洒落雑誌、絵葉書、お土産のコースターなどなど、たくさん買いすぎて後で怒られる。
 阿美はキティちゃんの携帯、トーマスのシールを買って貰ってご満悦だったが、雨止まず、書店前の軒下で、台大の校門を見ながらお坊さんと並んで雨宿り。
 阿美、小腹が空いたのか、朝のお弁当の残りをバク付く。

 それでも止まない雨なので、今日は用意してあった雨グッズ(ベビーカー用雨カバー、私はレインコート、相方は折りたたみ傘)を取り出して、直ぐそこの台一牛奶大王へ、雨宿り第2弾へ。
 相方は檸檬愛玉氷、私は食指が動いて紅豆芝麻湯圓、阿美にちっさい牛乳プリンのおまけ付き。店内はここ目当てのお客さんやら雨宿りの人やらでまあまあの混み具合。なんとなくおいしそうだったので頼んだ私のメニューがここの名物だったらしく、あとから来た男4人組も老夫婦二人もこれを頼んでいて、私の食指に相方感心する、したり。
 味は、甘すぎないお汁粉の中に、ぷにんぷにんの白玉、胡麻餡入り、という代物。こんなのが大好きな相方に半分以上横取りされた。。。檸檬愛玉も酸っぱすぎるくらいシロップでない本物の檸檬がたっぷり絞ってあって、昔風、これまた相方好みだったそう。
 一気にこの店、相方の好きな店ランキングの上位に踊りでる。

 だいぶ雨が小降りになったので、気分も良くして、界隈の散策開始する。
 湯圓食べてしまったので、興味のあった酒糟湯圓は今回は食べれず。

 裏路地の温州街の素敵な雑貨屋で、素朴な刺繍の絵やら、可愛い絵葉書、パンダのぶら提げるやつ(壊れかけで半額)、赤い石のピアスを購入。おまけで50元くらいの刺繍携帯ストラップ二つくれる。さっそく阿美のキティちゃん携帯にピンクのを着けて貰う。いい店。
 相方はこの辺のカフェの雰囲気をいたく気に入って、バシバシ写真に収める。こういうところで飲んだら珈琲ももしかしたら美味しいのかしらん??

 有名なタイやベトナムのレストラン通りこ超えて、今回初の麻辣臭豆腐屋で、遅いお昼ご飯。揚げた臭豆腐も取ったら阿美、白いご飯の上に汁(にんにく醤油)ごとかけて、スプーンで潰して食してる。。。大きいの二つくらい、ペロリされた。
 臭豆腐鍋、小辣にしたのに、大辣でやられた~の辛さ。こうなったら!と、勢いで青菜、ビーフン等具を追加する。鴨血豆腐、エノキは最初から入っていた。ビーフン、ほとんどのテーブルで頼んでいたので定番なのだと思い頼んだが、量も多くスープを吸ってしまい最後には伸びきって、相方がビールを買いに行っている間に勝手に頼んだので、「俺は入れたくなかったんだ」みたくブーイング受ける。
 隣のヤンピンフエンフエン(店の名前)で、タピオカ愛玉檸檬を買って、他の人みたく臭豆腐鍋と交互で食べる。プチプチ好きなので、ここのタピオカ愛玉、いたく気に入る。“臭豆腐と愛玉”っていうなんとも言えない、台湾ならではの食べ合わせも、素敵。ってこの話を台湾人ハーフの旦那さんと結婚しているバイト先のM姉に言うと、「ありえなーい!」と一瞬で却下された…。

 もともと捨ててこようとぼろ靴を履いていったのと、昨日今日のスコールでジーンズの青が移ってどうしようもなく汚くなった白のスニーカーを買い換えようと、通りすがりの店でつま先・踵が銀でバレエシューズみたいなんだけど足首のことろがゴム、ってエナメル風白靴を390元で。本当はいろいろ迷いたかったのに、阿美が降りたいと泣くし相方の機嫌も悪く、思考能力ゼロで急いで買う。
 靴下、3足100元。
 相方、ちょっとかわいい半ズボンが飾ってあった店で革のサンダル、390元。
 待っている間、すんごい繁盛してる素食レストラン発見。

 師大路横、龍泉街へ。道幅や来ている人の感じは裏原なんだけど、店の雰囲気は下北みたい、で大好きな通り。気になるカフェ、レストラン、おいしいもの屋台も満載だし。
 相方、ベージュのちょっとお洒落な長袖シャツ、100元。
 阿美が寝たので、心置きなく、10元ショップ漁り。でも店の半分くらいは普通の雑貨屋で、値札を見ずに選んでいったら大変なことに。レースのテーブル蚊帳、人魚の靴べら、チビのポプリ入り紫ライオン柄ハンガー、チープな花柄ハンケチ、等々、189元。

 雨上がりの和平東路を古亭駅方面へ、それをさらに中正記念堂目指して歩く。
 途中阿美起きて泣く。
 たまたまそこにあった昆虫館の前で子供がアイスキャンディー食べていたので、店に入っていって「蜂蜜氷棒一棒」、というと、中学生くらいの息子が渡してくれて、店主の親と笑いながら何か喋って、「フリー、フリー」と言う。
 「え、なんで~、いいの?」と言いつつちゃっかり甘え、阿美に食べさすと店中のお客、店員、みんな笑顔。なんだか知らないがいい店。店内は昆虫のオンパレードで、生きているもの、標本のもの、育てる木、お客さんもマニアな感じ。
 「健康の為に一日一本蜂蜜氷棒!」とのぼりが立っていたが、ばら売りしてなかったのかもしれないな、本当は…、と後で思いつく。

 MRTで西門へ出て、一旦ホテル。

 9時、阿美も元気なので、近くの百貨店の地下の食堂街へ。
 ジャージャー麺と思って頼んだら、家常麺で、牛肉たっぷりのにゅーろー麺が出てきたけど、刀削麺みたいなビロビロ麺も肉も100%コラーゲンの筋も蜂の巣も全部美味しかったのは、老山東、という店。
 それから蛙のチェーン店で黒タピオカ甘甘愛玉、相方大好物の黒胡椒鉄板牛排と、夜市みたいなはしご食べ。

 二人には先に帰ってて貰い、今日は私が、近くのマッサージ屋へ。
 有名なところらしく、カップルや、日本人旅行客や、エステしにきた台湾ガールなどで大繁盛していた。おかげで一人ものの私はかなり待たされ、先に足湯に通されてしまったために帰るわけにも行かず、携帯をいじりいじり、蛙タピオカじりじり飲みながら、待つ。
 最初半身マッサージ、それから足ツボ、それが一時間。人が変わって、上海式っって書いてあったけど、まあまあ本格的な道具で足の角質取り。どっちも無口なオジサンで、でも腕はまずまず。カードで1470元。
 走るように帰ったけれど、深夜12時近くの西門は思ったほど危なくなく、普通にバイト帰りの女の子とか歩いていて、台湾の治安の良さを実感する。
 疲れも取れ、爆睡。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-15 21:57 | asia散歩

花蓮早上、台北下午

 6時起き、シャワー、荷造り、7時ロビー。私だけ10分の遅刻。
 阿美、寝苦しかったのか、前日駄々こねすぎたせいか、夢見が悪くうなされる。寝言でも「もっともっと」や「ちがうでしょー!」と怒ってる、“怒りんぼ阿美”。

 
 すぐ裏の、N子が見つけておいてくれた、24時間営業の朝御飯屋へ。
 カメラを忘れて走って取りに戻り、汗だくおばさん。私が居なくなって泣くかなと思いきや、全然平気の阿美。私<ご飯、な訳ね。
 
 蛋餅、肉粽、西点(命名、ナボナ)、焼火腿蛋土司、などを複数取り、分けっこして、絶対にツアーの朝食じゃ味わえない地Pな朝餐。飲み物は皆は豆乳、私は紅茶。だって買って帰っている人が多数いて、ここのだけ特別おいしいのかなと思ってしまったんダモン、でも結果は台湾人の好きな甘甘、気持ちは満足。
 車で乗りつけて買って帰る人も多かったけれど、最後の方、地元のあんちゃんが二人、迷わずカウンターにドカッと座って常連客ぶりを発揮しながら朝御飯していたのが印象的だった。店の同年代くらいの小姐のみつあみエプロン姿も妙にナイスないい店。
 
 
 ちょっとまた歩いて、N子曰く「アジアな朝市」、重慶市場へ。広い道路、椰子の木、平屋の市場、原色のパラソル、買い物客のバイク…、うーん、確かにアジアン・マーケット!
 相方が朝のお勤め(トイレット)へ行くというので、途中から女三人でふらつく。これで買い物が出来る!と思いきや、お財布を置いていってもらうのを忘れたので、何にも買えず。N子が「これおいしいよ!」と手作りオレンジジュースを買ってくれる。ありがたや~。
 
 フィルム、昼間は200でいっかー、と200を使っていたので、市場の中の写真、ことごとく暗く、“あちゃー”な仕上がり、残念。
 石のアクセっぽい土産を探す予定が、朝早すぎてどこもやっておらず、民宿周りをぐるっと散歩して、帰る。阿美、寝不足だったのか、ベビーカーで朝寝。日本統治下からあるという小川にかかった古い橋や、ペンギン型の鋳物や、平屋の日本家屋なんかを見る。

 
 片桐さん、車で駅まで送ってくれる。車内で奥様との馴れ初め的話をちらっと拝聴する。ロマンスの赤い糸ならぬ赤い種は、数十年前の花蓮に撒かれていたとの由、ロマンスだな~。。
 花蓮駅で、写真撮影。「また来まーす!」

 着いたところは昨日の駅とは反対側の出口で、こっちのが断然広いしお店屋さんなんかもあって、メインな感じ。昨日もこっち側に出ておけば、案外すんなり切符が買えていたかもな~、と後の祭り的考察をする。
 車内で食べる用の餅、二つ購入。

 
 9時~12時、花蓮→台北移動。無座を覚悟していたのに、片桐さんのおかげもあって、指定が取れる、有り難い。阿美ほとんど寝ず、ずーっと食べたり飲んだり遊んだり。特にオレンジジュースを気に入って、2本ほとんどを阿美が飲む。

 
 本命ホテルが日本で予約出来なかったので、違うホテルへタクシーで向かう。ネットで目星を付けてあっただけだが、わりかし新しそうだし、他を当たるのも面倒くさいので、決めてしまう。阿美の寝相のせいでダブルはこりごりだったので、割高だがツインにする。
 土曜の割増料金込みで、安いか高いか分からないけれど、3泊5900元、朝食付き。バーコーナーの横にお水、お湯の出る機械があって、ポイント高し。夜はお湯を飲み、外出の際にはペットボトルに水を詰めて出掛けた。窓なしが玉に瑕だけど、結論からいうと寝るだけバタンキュー親子だったのでそこまでの嫌悪感は感じなかった。
 
 台湾中のホテルほとんどがご休憩OKなのは常識的事実でここもそうだったが、若者グループの団体も家族連れも多く、懐寧街や付近の西門の他のホテルよりはラブホテル色がほとんどなく、また夜の治安も案外良くて、西門の開拓も出来たし、結果オーライ。成都大飯店といいます。
 
 
 まずは西門と言えば!の阿宗麺線に軽くご挨拶。阿美が寝たので、小碗を二人で啜るのみ。辣が入れられたのが嬉しい。
 
 駅で3年ぶりのeasycardに100元づつチャージ。問題なく使えてホッ。
 
 中正記念堂駅から信義路へ出て、台北牛乳大王にて一休み。前にも何回かここの牛乳大王で暇つぶしをしている私たち、他にも何店舗もあるのにどうして場末のこの店なのか、不思議。
 一階の広々ソファー、牛柄クッション席でのうのうと足を伸ばし、旅の疲れを癒す。変わらない木瓜牛乳の味!それに今回は青醤蛤蜊麺・紅茶セットを。台湾での初意麺!起きて元気はつらつの阿美がまずはバクバク喰らいつく。意麺は給食のソフト麺っぽくもあったけど、バジルの味が濃厚で蛤蜊もおいしくて、牛肉トマト麺が食べたかった相方も、なんだかんだと食べていた。

 
 東門市場に着いたところで、ぽつぽつと雨がキテ、出たところでスコール&雷。時計屋の軒先でしばし雨宿り。ちょっと小降りになったのでそのまま東門市場の続きを行こうとしたら、今度はもっとすごいスコール。止みそうもないけれど、歩き出すわけにもいかず、またも駐車場みたいなところで蚊と戦いながらも雨宿り。見かねた向かいの店のオバチャンが、傘を2本貸してくれる。
 
 有り難くお借りして、ちょっと歩いたところの怪しい御札がいっぱい貼ってある上海の下町裏路地にあるような美容院で、雨宿りシャンプー。一人150元。店にはオバチャン一人しか居ないので、交代に受ける。期待していたマッサージはほぼゼロ。
 阿美、面白いのか、アワアワ、と言ってまとわりつく。最後爪をたてられ痛かったが、爪をたてない処の方が珍しいので我慢する。仕上げのブローは、冬にかけたパーマがゆるく残っていたのを、執念でストレートに伸ばされ、台湾おばさんヘアーに大変身。ま、これも他のところでも同じかな。相方の七三ヘアーも笑えた。
 
 
 雨は相変わらずだったけれど、意を決してディンタイフォンへ、いざ出陣。
 予定の時間より押してしまったので待つかな~、と覚悟していたが、雨のせいか、すぐに席に通される。通称2階の日本人部屋。
 笑える台湾人ヘアの家族なのに、こっちの人には日本人ってすぐ分かったみたい。居たのは10人規模の団体客が二テーブル、個人のご夫妻、親子4人、後はリッチな台湾人ファミリー客。

 小龍包、菜肉餃子、鳥スープ、酸辣湯、蝦仁蛋飯、A菜、台湾生ビール(瓶入り)、〆て1060元!!
 
 小龍包、もうちょっと熱々でも良いかな~、と思うが、日本の高島屋系列に入っている支店よりは格段に本場の味で、ペロリ。他も、一つのオーダーミスもなく、特にA菜が気に入る。相方はどうしてこれが好きなのか?と言うが、菜肉餃子、ギシギシ、ミッシリと詰まった感じが好きなのだ。でも一人で全部は食べれないので、半分持って帰りたい、というと、ご丁寧に箱詰め、生姜、タレの小袋付き、で恐縮する。
 
 お化粧ばっちりの日本人OLツアー客さんが、出口のところで他人のこの袋を持って、記念撮影大会をしていた。誰のか分からない人の袋借りてまで!とびっくり。
 出ると、いつもの順番待ちでごった返す人の群れが復活していた。まだちょっと雨。

 
 すっかり定番のセットとなっている、氷館にて、マンゴーかき氷。
 その前、悪いとは思ったけれど、背に腹は変えられぬ、で店の端っこで阿美のウンチ替え。すみませーん(お辞儀)。
 すっきりした阿美、初マンゴーかき氷、ご満悦の笑顔で食べまくる。
 
 
 雨、ほどなく止む。雨上がりの夕暮れの永康街、綺麗。
 昭和町という骨董屋の集まった建物を探すが、番地をメモっていなかったので分からず仕舞い。昭和屋、というのはあってけど絶対に違うし。。。
 
 裏通りをふらふらして、素敵な仕立て屋で木綿のチャイナドレスを一着選ぶ。セール、って書いてあったのに、2000元なんて高い!とも思ったが、台湾は物価が高いし、上海の和平飯店一階の好きなブティックでもまあそれくらいの値段はするし、となんやかや理由をつけて、カードで購入。

 
 引き返し、傘を返しにさっきの路地へ。叫んだが2階でテレビを見ていたみたいで降りてこない。仕方なし、表のシャッターのところに2本並べて立てかける。一階にいた黒い犬だけ気付いてくれた。ありがとねー!

 

 バスで台北駅方面へ。ホントは博愛路で降りるつもりが、一個前の重慶南路駅で降りる。前回はこの辺りのホテルに泊まったので、勝手知ったるこの辺り、好きな愛玉屋がまだやっていたのでデザート第二弾を食べ、そのまま歩いてホテルへ。
 
 愛玉屋にいた地元の家族連れに阿美いたく褒められ、「クーアイ、クーアイ」、言われる。オバチャンが食べていた紅豆愛玉が美味しそうだったので、次回はそれにすることにする。

 
 
 相方のみタクシーで、毎回欠かさず行く薬浴の店へ。前回は途中でぼや騒ぎに遭遇し不完全燃焼で終わってしまったこのお店、火事の所為かは分からないけれど、以前の緑テントは撤去され、竹の個人サウナに代わってしまったそう。それでもマッサージの腕の良さは変わらずで、相方、満喫してのご帰還。「次回は家族で来て交代に入ればいいさ」、と言われたそう。うーん、早く行きたいぞ。

 
 居ない間、ipodで落語を聞きながら一人、N子のくれたライチを食す。前回台中で買ったライチを台北で食べ、今回は花蓮で貰ったライチを台北で食べ…。なんかちょっと面白い。しかしもともとのライチはどこ産なのかしらん?台南、高雄あたりかな?と思ってネットで調べたら新竹が有名、って書いてありました、チャンチャン。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-08 23:33 | asia散歩

半日花蓮観光

 台湾では虫除けシュッシュッをしていたので刺されなかった蚊に、日本に戻ってきた途端刺されまくっている。
 ダラダラ書きしたので読みずらくなってます、悪しからず。
 以下、旅行文。



 一時間の時差のせいで6時前には起きる。
 ダブルベットと寝相のせいで阿美、明け方一回落っこちる。
 
 阿美と二人でシャワーを浴び、さっぱりし、荷造りし、朝御飯屋へ。


 地図で目星をつけてあった、「今日早点」という、まんまなネーミングのお店、ホテルからも近く、徒歩4,5分。途中、魚河岸みたく魚屋の並ぶ通りを発見。さすが港町。
 豆乳、蛋餅、葱餅、ワンタン湯、肉&大根漬物細切り入りスープ麺を3人でぺろり。何を食べてもおいしくて、追加追加で注文してたらこんなことに。しかも1元足りなくておまけしてもらった挙句、そこの店のおじいちゃんと、何十年ぶりかで喋る日本語を思い出し思い出ししながらゆっくりと、阿美について話してたら、若旦那に葱餅一個お土産に貰う。
 優しいしおいしいし、満ち足りてスキップしながらホテルへ帰る。
 こんなこと?がおそろしく旅では重要で、基隆が一気に好きになる、また来ようと思う。

 
 8時20分チェックアウト、8時30分駅。
 基隆からバトォーまではローカル線で、どの種類の電車の切符を買えばいいか分からず、隣のサラリーマン風の男性に聞いて教えて貰う。区間快、という奴。
 手間取ったせいで予定より一本遅くなる。早く来ておいて良かった!
 綺麗な電車。車内で、「香港経由で来たのか?」とか「ツアーでなくて自分達で旅をしてるなんてなんてパワフルパレンツ!」などと品のいい、いかにも学のある夫妻に英語で話しかけられる。
 葱餅三人で廻し食べ。

 
 バトォーでは10分くらい待って乗り継ぎ。
 花蓮11時52分着。乗客もまばらで快適な車内だった。阿美は二つの座席にまたがって大の字で1時間ほど昼寝する。
 切符に、登明章、みたいなスタンプを押し(皆やっていたので)、改札では切符を見せるだけ。出口がどっちか分からずに、とりあえず出てしまい、これが仇となる。
 
 明日の切符を手に入れようと行列に並ぶも、やーっと30分くらい待って自分の番に来たのに、オバチャンの機嫌が悪かったのか何なのか、「明日の切符は明日買え!」と言われ、前の前の人など払い戻したかったのに出来なくて、やりあったあげくオバチャンに切符を叩き付けて帰って行ったので、私などやりあっても無駄だなと思い、すごすご回れ右する。
 その間、阿美と相方はコンビニに行ったかと思いきや駅前の土産物屋で、餅アイスを入手し、阿美など袋まで食べる勢いで夢中で食べていた。

 いかにも原住民の子孫っぽい運ちゃんのきちゃないタクシーで民宿へ。初乗り100元で高い!ぼられた!と思ったが、相場のようでした。。。疑ってスマンね、運ちゃん。
 

 ネットで有名人?の片桐さんの民宿2号店。
 降りると氏がロビーにいて、お出迎えしてくれる。メールで打診してあったのだが、返事が無くハテナ?だったのだが、どうやら何かの調子が悪くて、返信をこちらが受信出来なかった模様。
1.5ℓのペットボトルの水と山盛りスイカ付きで、1500元。ざっくりとした地図の花蓮美味しいものマップと、どうして台湾人が日本人に優しいか?をまとめた小冊子を貰う。おまけに、駅での切符騒動の話をして、「明日の切符が心配です」、と言うと、「じゃあ私がちょっと行って買って来ましょう」となんとも有り難いお言葉。天にも昇る気持ちで、お言葉に甘える。

 
 友人N子との待ち合わせまで30分間があったので、すぐ裏の、超有名ワンタン屋へ行って、お昼ご飯。ちょっとだけワンタン麺が食べたかったが、メニューはワンタンの一種類。でもたくさん入ってて、熱々で肉肉しくて、さすがの味だった。
入り口で頼んでいた時、日本人サラリーマン二人組が我らを見ていた。後は台湾人の観光客と、地元の家族連れという客層。阿美、喜んで食べる。

 民宿に戻るとN子来ていて、ロビーで片桐さんと談笑していた。
 明日の切符もすでに入手済みで、感謝感激する。N子に2つ用意してあったバイト先のケーキを、氏に一つ贈呈することにする。
 一旦ホテルの部屋へお連れして、スイカを食べつつ、お土産交換会。
 いろいろいろいろいろいろ貰う。中身詳細についてはまた今度。
 
 彼女の知り合いのタクシー運ちゃん(女性)を呼んでもらい、いざ花蓮観光!それにしても、たった4ヶ月でここまで中国語が遜色なく話せるようになっているとは、びっくりだった、タクシー運ちゃんとの電話での遣り取りの時、“目から鱗”した。

 松園という、山の上の旧日本軍施設を利用した、ギャラリー&カフェ&展望ガーデンみたいなアートスペースへ。敗戦直前に作られて状態のいいまま保存されている、というのもあったけれど、台湾の今風でシンプル&お洒落なデザインと上手くマッチして、ものすごく素敵な空間だった。緑も多くて、あちこちに水もあって。
 
 両方に階段のついたどっちからでも入れる地下の防空壕は、今は緑に覆われて、戦時中の面影はなく、ちょっとした単なる秘密通路。蚊の襲撃に気をつけて走るように通り抜けると、出た時の光のまぶしい感じが新鮮だった。
 阿美も怖がらず、もっともっととやりたがっていた。
 土産物屋で黒に緑の蝶の絵の凧と、絵葉書を購入。

 
 坂を下ってすぐの所に、フランス人の宣教師やボランティアが寝泊りする会館みたいな建物があり、N子のお友達も多数居り、遊びに行く。
 先に行ったM姉に、山の上の教会、とだけ聞いていたので、妄想だけが膨らんで、イタリアの山の上にあるような遺跡ちっくな建物を勝手に想像していたが、普通に近代的であっけらかんとしていて、近所にあるアバコの外国人留学生が住んでいる宿舎と、横浜本牧の船員が集まるバーやお祈りスペースや読書ルームがあるクラブを足して2で割って、かつ立派に大きくした感じ、と思った。
 
 まずは入り口にいた、奶茶という左右違う色の目をした猫ちんとご挨拶。
 ノックしたのに友人①が気付かず、ドアを開けた途端にN子いたので、友人①びっくりする。
 階段をクルっと上がって屋上へ。花蓮の海を一望。夕涼みにビール片手に友達とお喋りするのにはもってこいの場所だ、と思って、でもここ酒類は禁止な場所か?とN子に聞くと、けっこうこっそりやっているっぽい、とのこと。そういえば昔の映画で、フランス人の神父が今年のワインの出来不出来を討論している場面をみたのを思い出す。
 台所に行くと先ほどの友人①がお茶を煮出してさらにそれでTシャツを染めるんだと言っていて、ドイツ人の質素倹約生活術と同じだ~、と思う。
 出口の所で友人②(N子の元クラスメイト)とばったり遭遇、ちょっと話す。
 阿美は奶茶に夢中。


 歩いて砂浜へ。
 ここいらの波は高くて遊泳禁止とのこと、商売っ気もなくって、人々はただ散歩をするだけ。またはぼーっと佇むか。阿美、入りたいといって駄々こねる。

 N子また電話してくれ、先ほどの度派手ピンクチュニック運ちゃんのお友達運ちゃんの迎えを待つ。分かりづらい場所(後で分かったが北浜公園の極限(!)運動場)なのに今回もきっちっと電話で伝えて、すごいな~、N子!
 

 街へ戻り、N子お勧めの花蓮かき氷の店へ!豆花か仙草を選び、その上にいろんな味の芋餅、かき氷、さらに練乳と焦がしキャラメルが網目状にかかってる、という代物で、珍しいし美味しいし楽しいし、一気にペロリ。芋餅の種類が知りたくて作っている所に寄っていくと、おばちゃんが日本語で話しかけてくれて、いろいろ話す。と、2番目の息子が北陸の大学に留学していて、金沢に2年間住んだことがあるんだそう。おじさん、と思っていた店主は第1の息子で、「アンタ、髭、キレイニしないからオジイサンと言われるね!」とおばちゃんに言われていた。
 
 街をぶらぶら歩きしつつ、お茶でも飲もうと、王記茶舗へ。おしゃれで新しい店。檸檬愛玉と、檸檬緑茶、N子はシンプルなお茶を頼んだつもりが砂糖入り茶だった。ここも、その前のかき氷も、Nのゴチになる。謝謝ザンス★
 
 夕飯の相談をするも、原住民料理は今度知り合いのおばあちゃん宅に連れて行ってくれるということで、今回は“小吃はしご食べ”をすることにする。
 阿美、眠いのに頑張って起きて動き回ってたもんだから、階段から降りてくるとき足元がおぼつかずヨロメイテ数段落っこちる。大泣き。さいわい怪我はなく、不幸中の幸い。
 
 通りがかりの布屋で、子熊が二匹遊んでいる図柄に何故かモスクの背景が描いてある赤い布と、緑地に白の小花模様の木綿を4尺づつ買う。420元。

 
 超行列オアジェンの店で二皿と、蛤湯。両方とも激ウマで、阿美など貝好きなので、蛤ほとんど一人で食べる。無駄の無いオバチャンの手際のよい動き、3つ星級。味も台北のどの屋台のより美味しかった。オレンジ色ソースが甘すぎず気に入る。
 
 牛のお洒落な看板の、花蓮名物ヌガー店で自分達用にお土産購入。とにかくN子、全てのお店に詳しくて、いろいろ教えてくれて、有り難い。アイスキャンディー屋も気になったけどまた今度!
 
 人気小龍包屋の隣の店で、蒸し餃子1籠と小龍包2つ。2つ、って頼めるくらい大きい小龍包は、小さい肉まんみたいな感じ。相方は阿美の残したのも食べたから、お腹に溜まってしまったとのたまうてた。
 うーんときちゃない2階のトイレ脇階段で阿美のおむつ替え。

 鵝肉麺汁なし、鵝肉冬粉汁ありを斜め前の店で。台中で食べた鵞鳥スープハルサメが忘れられず頼んだが、ここのも美味しくって満足する。
 
 
 帰り道、雑貨屋で目に付いたカゴバックを、阿美のプールシーズンに備え、大小2つお買い上げ。70元。
 9時半民宿。
 N子、自転車で大学宿舎まで帰る。半日ガイドお疲れ様!
 もちろん我らもバタンキュー。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-07 23:27 | asia散歩

九份、基隆


 なんと早めの夏休み!で行ってきたのです、台湾5泊6日。ウシシ。ライチも程よく熟れて食べごろのこの時期、心配していた雨にもまあまあ困らずに、あーっと言う間終わってしまって、帰ってきた途端また行きたーい!だけれど、“楽しかった~”が感想です。


 一日目は5回目の台湾にして初めての九份、基隆へ。
 例のごとくバス(今回は国光客運)で台北駅へ。
 前回残してあった500元札が古くて使えず、カードを切る。相方、バスが来る間に走って両替所へ換えに行く。
 バスの中、水が飲みたいと阿美(我が家のチビ2歳4ヶ月)泣く。グミ、ラムネで誤魔化す。着いてすぐ、コンビニで水購入。

 駅2階、すっかり新しく綺麗になった食堂街(日本のチェーン店も多数でびっくり)をうろっとした結果、台湾夜市というフードコートで腹ごしらえすることに。
 私はタンツー麺に清菜、相方はルーロー飯セット(スープとキャベツ炒め付き)。このスープが妙に旨くて今回の“好フー湯”ベスト3入りを果たす。
 交代でトイレに行ったり、阿美のおむつを替えたりしつつのんびりする。

 1階の自動販売機で切符を購入。とりあえず自強号にしとけ!とそれにするも、後でちょっと後悔。
 地下のホームはちょっとだけ東京駅の横須賀線乗り場と似ていると思った。自強号を選んだばっかりに、空いている鈍行には乗らずにしばし待つ。しかも乗ってからも、無座扱いなので、阿美を抱っこした私しか席みつからず、相方は一人ベビーカーと格闘する憂き目に。
 松山まで隣の席の、日本に半年住んでいたというサラリーマンと話す。「私は日本の交通、ほとんど大丈夫です、日本の言葉は、だんだん忘れてしまいます」と言っていた。松山でちょろっと空く。相方も席についた模様。
 阿美と、端芳までつぎのつぎのつぎ、と数えていたら30分程で到着。
 荷物のせいでリッチにタクシーで山の上まで。一律100元。
 
 
 山の上で、修学旅行生のバスから降りてくる波に揉まれつつ、メインストリート、基山街へ。上海の老街、朱家角を思い出させる道の細さ、土産物屋の佇まい。でも違うのが、こちらは山の上で、段々の坂道やら路地の向こうに遠くの海が見えること。
 歩きつつ、収集しているヘンテコテレタビーのオモチャに心奪われつつも、我慢して、でも臭豆腐の誘惑には負けて3人で一皿。阿美は人生初めての臭豆腐、でもそんな臭くはなくしかもほんの一口サイズのやつだったので、普通に食べる。もちろん酸っぱいキャベツも。
 
 お目当てのかき氷屋は修学旅行生の大行列。構わず中に入り、そこも大混雑だったけれど何とか席を取り、阿美と相方はかき氷を買いにまた外へ。買いに行っている間、段々と人が入れ替わり、窓側の特等席をゲットすることが出来た。
 扇風機、回っていても尚暑い中、かき氷がおいしいことといったら!小豆も甘すぎず、芋餅もさすがのおいしさで、けっこうなボリュームだったのに、3人で2つ、ぺろっと完食。薄曇りの中ちょっとだけ日の差す夕暮れ一歩手前の空と山と海を見下ろしながら、さっきまでの喧騒が嘘みたいに人気の無くなった店でぼんやりする。

 店を出てすぐの階段をまっすぐ行くと、有名な映画館、茶芸館のある階段坂。各国からの観光客に混じって、しばし写真タイム。けど阿美はまだポーズ、といって立ち止まったり出来ないので忙しい、難しい。
 
 九份の地図をコピーして行くのを忘れた(今回はガイドブックを持たず、地図のコピーだけ持参)ので、ベビーカーを押せる道を選んでうろうろとバス停を探して歩く。途中お婆ちゃんやオヤジに道を聞くも、適当な返事しか返ってこず、優しくない。
 大きな廟の前に出て、写真を撮ってたら通りがかりのタクシーの運ちゃんが目ざとく見つけて近寄ってきて、駅までというので乗ることに。けれどリュックも重いしベビーカーもあるし、基隆までいくらかと聞くと400元というので、350元と値切るもそれは無理と言われたが、駅まで100元の4倍でそんなに高くも無い気がしたので、タクシーで基隆まで行くことにする。
 
 
 目星をつけてあった基隆のホテルの場所を示し、どんなか分からないがとりあえずそこへ向かう。快適なタクシーの旅は約30分。阿美、少し寝る。
 ホテル、申し分なし。駅と夜市と中間で、フロントも感じが良く、1470元、即決する。
 
 ひとまず駅で次の日の切符を買うと、外は真っ暗。水面にゆらめくオレンジの灯りがアジアの港、と言っていた。港側を通り夜市へ。北台湾最大の夜市、というので期待していったのだが、雑貨、洋服、屋台、なんでもござれ、さすがでございました。
 でもそこは冷やかしで通りすぎ、メインの廟口辺りの、看板に番号付きの屋台の立ち並ぶ小吃街深層部へ。
 
 まずは甘辛タレの一口ソーセージでお口慣らし。空港、機中で正露丸飲んで誤魔化していたお腹の不快感がさあーっとどこかへ飛んでった。おかし~な~。
 山積みのおこわに引かれ、蟹あんかけスープの繁盛店でおこわとスープする。おこわは阿美の大好物なのに、寝てしまって残念。半分くらい食べて、残りを袋に入れて貰って阿美の非常食とする。
 麺が食べたいと、ハルサメスープ屋台へ。これが絶品中の絶品。今回の麺部門、文句なしの第一位!
 
 うなぎスープも三明治も泡泡氷も食べたかったが、眠気が襲ってきたのでまた今度にして、デザートに愛玉を一つ、阿美に一つ、買って帰る。
 
 
 バックパックだけならまだしも、ベビーカーに15キロ強のおんぶに抱っこのチビッ子を連れての移動、町歩きの一日はさすがに疲れた。
 バタンキュー。
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by souslecieldetokyo | 2008-07-06 23:07 | asia散歩