古本 フリマ 散歩


by souslecieldetokyo
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<   2008年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

今週の古本



 泣く子も黙る「五十嵐書店」で、高級古本3冊、
 通りがかりの別々の古本屋で100円本3冊。


 五十嵐書店へは入るつもり無かったのに、時間埋めのため入ったところ、衝撃的に格好いい植草甚一の姿写真が表紙の「いつも夢中になったり飽きてしまったり」を手にとってしまう。
 いろんな雑誌にいろいろ書いたのが一冊にまとまっており、中身もNY、本、ジャズ、映画、最後は池波論とあって、買わないわけにいかなくなる。1800円。部屋に飾る。 
 
 その他物色していたら、文庫のところで「アルハンブラ物語」というのがあって、ちょうど澁澤のでも森芙莉のでも読んで行きたくなってしまっていた所だったので、手に取る。300円。ムーア人の赤い城とあるが、私には青のイメージのが強い。
 江国香織もどこかで、行った時にハーレムの一員の気分で見学したが、たしか17歳以下のみでないと一員になれなかったとかで夢儚くも破れたり、などと書いていた。
 スペインは、建築もファッションも映画も、堀田善衛など文人の書くものも、ちょっと面白い。

 芸能のところでは、矢野誠一「落語手帳」500円。
 事典風になってはいるが、名だたる名人の芸談やら、安鶴・江国滋・榎本滋民等、豪華落語通の鑑賞やら、読み応え十分。
 ずっと知りたかった志ん生の「黄金餅」のあくび和尚のへんてこお経「金魚~金魚~、三い金魚、」が載っていて声を上げたくなる気分。黄金餅なんて、ブラックかつ残忍な噺なのに、それが面白おかしく笑える噺になっているのは、志ん生の力量以外の何者でもない。
 今、この噺をやる噺家がいるだろうか???

 
 後はいつもの通り、外に出ている木箱100円古本。
 「新 明日のおべんとう」婦人之友社 はあまりにも表紙のアルミのお弁当(きんぴら、紅鮭、芋、ピーマン、白飯に梅干)がザ・昭和で美味しそうだったので。マトンからしソース焼き、気に入る。

 「MON PREMIEL LAROUSSE  en couleurs」大判の絵本のような、子供向けのラルース。とにかく表紙が可愛い。緑の草原で子供が二人この本を広げている絵。200円とあったのに100円だった。背表紙がずいぶん擦れていて、四隅も丸くなって、状態が悪かったからかしらん?

 「SWING JOURNAL 2003年8月号」チェット・ベイカー特集。彼の人生について始めて読んだ。多くのジャズメンはこのように薬と死と背中合わせで、貧困の成せる業なのか、ジャズが成せる業なのか…。。。
かつての名物ライター、大橋巨泉についてのアーカイブスも面白かった。司会者業の前の、知らない時代が載っていたし、ちょうど矢川澄子の特集の中で、パイプカットした彼は偉いと称えられてもしていたので。

 
 先日買ったユリイカ「森芙莉特集」面白くって暇を見ては“虫食い読み”している。文芸別冊、ユリイカの特集本等は、この“虫食い読み”が出来るのが大好きだ。写真もいろいろ載っているし。
 
 パッパの愛したお芙莉は、かつては丸髷のよく似合うふんわかしたお嬢様だったが、どうして晩年あんなにも老女的風貌になってしまったのか??先日の澁澤回顧展で見た写真に、鼠男みたいな人が居る、と思ったら森芙莉だった。いくら写真ノイローゼとはいえ、少女時代とは別人みたい。
 森島章人という人の文章に彼女と矢川澄子の死が繋がっていたことが書いてあって、おやっと思う。二日間自然に委ねられた死顔は、矢川澄子にとって「ごりっぱ」であったという。それが彼女が孤独と向き合うとき、影のごとく影響したのではというのが彼の考察。
 それから室生犀星という存在。森芙莉の文章を読んで作家として浮かび上がってくるのは、室生犀星と永井荷風だし、矢川もそうした評論を残している。芙莉にとって、あくまでもパッパはパッパでしか在り得ないのが面白い。
 
 彼女の本、4冊しか持っていないので、残りを集めようと思い立つ。
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by souslecieldetokyo | 2008-06-21 00:50 | 古本
 いつかの往来座でこの小さなわら半紙色の告知カードを手にして、わくわく気分で出掛けていった、目白の“のみの市”。
 教会の敷地でアマチュア・ジャズの演奏の中の雰囲気は素敵だったが、出品は付近のお店屋さんがメインでちょっとがっかりした。昭和初期の骨董、古着物などもあったが私の望むのみの市値段ではなく手が出ない。また、値切れる雰囲気でもなかった。
 
 仕方なし?入り口付近の古本屋で「キッズのための50のガーデニング」400円、ズデネック・ミレルの絵本「もぐらくん、おはよう」300円(何故か共に新品)を買う。
 ガーデニングの本を兼ねがね欲しいと思っていたものの、今まで気に入るものが無く買えないでいたが、これは分かりやすい上にオールカラーで、しかも「まめなまめもやし」や「ふるぐつフラワー」など、絵本みたく素敵な言葉が載っかっていて良い本。
 「もぐらくん」はチビへのお土産に。のみの市には興味なし、とその日の散歩を断られ、二人はぶーんでお出かけしてしまったので。

 ぶらぶらと歩き、池袋の中本で初“蒙古たんめん”。辛いは辛かったけれど、野菜の甘みもあって、普通に食べ切る。しかしその後一日中、胃がほてった。


 次の日は夜のみ、近所の2本立て映画館へ寺山作品を観に。
 
 早稲田の幻のレンタルビデオ屋で借り損ねていただけに、見損なっては大変と思って出掛けたのだが、ストーリーが無い上に、当時の学生の気分だけが満載の映像に途中で飽きる(「書を捨てよ町に出よう」)。
 サッカー部のシャワー室でのワンシーン、胸糞が悪くなる。処女性=娼婦性(マリアとマグダラのマリアの理論)を成立させるためとはいえ、実際によく聞くニュースだし、大嫌いな事件だ。
 
 「田園に死す」の方は、恐山の巫女や自伝的風土、家出を繰り返す自伝的物語もあってちょっとは面白く見られたが、それでも過去と現在が倒錯してくると、また夢の概念が加わってくると、つまらなくなってしまった。八千草薫が隣の家の奥さん役で出ていた。
 また、「書を捨てよ」の方には最後ちょろっと、美輪明宏が出ていて、その風呂場の壁に三島の写真が逆さになって飾られていたので、おやっと思う。


 昨日は相方の髪きりに付き合って、下北へ。
 行っている間にチビが寝たのでふらふら散策してたら知らない古本屋を見つけて嬉しくなり、入る。宝島スーパーガイド「上海・チベット」編、チビに「リアル・アニマル」というしまうまの人形(固いやつ)を共に100円で、東京人「世紀末は落語で笑え!」を500円(!)で買う。
 
 宝島のは、昔の上海や、チベット曼荼羅対談なども載っていて、面白い。目白の市でもチベットのお守りやカードを見つけて欲しかったが、もしかしていつか行くかもと思い買わないでおいた。いつ行けるだろう?
 東京人は“志ん朝が語る新・金原亭馬生”が読みたかったのだが、亡くなるちょっと前の志ん朝師匠が、「ひょっとするとなにかの気持ちの加減で、志ん生を継いでみようということになるかもしれない」と語っていて、ああもうちょっと長生きしてもらいたかったなあ、としみじみ思った。
 その他、もはや現在大御所ばかり紹介されている“小朝のこんな若手いかがですか?”や、“談志が選ぶ寄席「夢のラインナップ」”も面白かった。

 乗り継ぎで渋谷に出たので、パルコの地下でユリイカ「矢川澄子・不滅の少女」と「森茉莉特集」を買う。後者は隣にあって、表紙のコラージュがなかなかだったのでついつられて購入。
 
 矢川澄子のは、開けばそこいら中に澁澤の姿があって、澁澤の特集本からはことごとく抹殺されているものがあちこちに漂っていて、皮肉なものである。谷川雁のもとへ走っていったのは自分なのに?子供なぞ、相手がなんといったて、それこそ離縁したって、授かった時に欲しかったのであれば、産んでしまったら良かったのに?
 
 線の細い、満面の笑顔の、ボーイッシュでチャーミングなお人のようだったが、慈姑のから揚げを全部食べられてしまいベソをかくような律儀さが、絶えず彼女の足を引っ張って、100%の幸せになることを妨げていたのではないか。。。
 
 様々な人がさまざまに彼女の死を悼み、それを防げなかったことを悔いている。子供を持てなかったのは須賀敦子も同じだが、もっと「孤塁を守る」感じがして近づきがたかったと書いていたのは森まゆみであった。
 「わたしのおしゃれ哲学」にあるような「しゃれた死に方」を心がけた結果がそれだったのだとしたら、彼女の美的センスが一番の問題点だったのか?
 
  やっぱり私はどこか、おていさい屋なのかもよ。なんかどろどろしたものをさらけだすのがいやなのね。というより自分の美意識の問題で、情念よりは理知のひとでありたい、と。(対談「架空の庭のおにいちゃん」より)
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by souslecieldetokyo | 2008-06-15 12:55 | 古本

私的澁澤論



 何かの拍子で澁澤龍彦回顧展のことを知り、肉声が聞けるというので出かけていった。
 台風まがいの大雨だった先週の火曜、実家にチビを預け、昔懐かし、山手の坂を登って神奈川近代文学館へ。
 中途半端な階段の幅も、横手に見える外人墓地も、港の見える丘公園のバラも、雨に煙る貨物船の汽笛の音も、何もかもが直ぐに中高の6年間を思い立たせた。これは澁澤の嫌いなセンチメンタリズム。

 入ってすぐ、ソファーのあるコーナーで高橋睦朗のビデオ「澁澤龍彦というサロン」を流していたので貸切状態でじっくり眺める。高橋睦郎は勝手なイメージとして姿三四郎的風貌だったが、画面に映る氏の姿は眉毛のパチッとした英国トラディショナルな白髪お坊ちゃまであった。サロンを体験し得た人の貴重な澁澤論。
 彼はその博物少年の収集癖の幅広さをイノセント、無善(善でも悪でもない)と表現していたが、たしかにその通りで、それは宇宙と同じだけの広さを持つ(コスモグラフィア)ということもそうだし、彼独特のユーモアのセンス、精神の自由さにも繋がっていくだろう。

 家に帰ってどうして澁澤が、南仏的太陽の色彩の画家堀内誠一氏とあんなにも親友であれたのだろうかと考えつつ「滞欧日記」「ヨーロッパの乳房」「旅のモザイク」を読みかえしたが、やはりそれは彼の幅の広さと、自由で柔らかい心、センチメンタルを嫌いユーモアを好むセンスが呼応しえたからなんだろうと思った。
 異常と正常の議論を出口氏との3人でした時も2対1で意見が分かれ、その評として「出口の説は狭いと思う。こわばっていると思う」とあった(滞欧日記)。同じく滞欧日記に「堀内君、フランスの留学生犯罪(佐川一政)をおもしろがる。我々の意見一致する。」とあったが、どう一致したのだろう、先日読んだ本にもこの事件のことが触れてあったし、気になる。今、簡単に通り魔的殺人事件が起こる時代、真逆の犯罪の気がする。

 話はまたビデオに戻ると、「皿屋敷、阿頼耶識」事件が身振り手振りで語られており、面白かった。他の展示物の手紙でも、澁澤自身がそれについて語っている文面もあり、当事者的には目をまん丸にして夢中になる三島のさまがおかしくてちゃかした結果だとのこと!


 期待していた澁澤の肉声は、土方巽の通夜の席、急に司会者からスピーチを求められ上ずった声でどもりつつ、といったものだった。元来作家というものは書くのはいいが人前で何か喋るのは苦手な人種であるからして、彼のそのスピーチもいかにも作家らしいと思った。声が高く咳をしていたのは喉がやられている(彼は喉頭癌)せいでもあったろう。
 焼香のバックで流れる土方氏の東北弁も何か味わい深かった。
 澁澤が「そろそろ失語症に陥ってきたのでこの辺で止めます」といって早めに切り上げたので、急遽唐十郎氏が次のスピーチをしていた。唐一座の赤テントを先日は鬼子母神、この前は花園神社で見かけていたので少し嬉しくなる。
 澁澤は例え客人が10人しか居ないような公演にも、友人の舞台には必ず駆けつけた。のみならず駆け出しの友人には展覧会の世話、ビラ貼りなどの手伝いもした。見かけによらず友情に厚い、熱い男だ。

 「澁澤龍彦が、はしゃぎだしたら、世界は簡単にひっくりかえり、酒は飲めどもつきない。夜は限りなく続いた。」(池田満寿夫)
 冒頭のサロン文化しかり、もてなすことで、人と会うことで生まれる閃きも大事にしただろうが、単純に人との交わりが好きで、友達が好きだったのだろう。


 つい澁澤というとシュールレアリスト的人種(髪型が乱れるのを嫌い潔癖で様々にこだわる)かのごとき想像をしてしまうが、この展覧会でそれがことごとく覆された気がする。
 「この夏始めて、昨日からヒグラシが鳴き出したの、知ってる!」(加納光於の澁澤)と叫び、クノッソスで松かさを、海岸で海胆の殻を拾い、酔うと軍歌を放吟(「どうも酒を飲むととめどもなく歌を歌いたくなってしまうのはどこの悪魔のいたずらなのだろうか」)、「さかしま」の難解すら厭わず“翻訳は楽しい”ともてなしの極意を示し、南洋一郎の冒険小説が出発点でフランス~ギリシャ~日本古典、様々幅広く異端暗黒問わず螺旋を廻らせて行った人…。
 吉本隆明も同じように澁澤を「昆虫少年の情熱」と評し、サド裁判についても、権力をピンにとめ証人のレッテルをあちこちに貼る無心の遊びをすでに体得、と何かに書いていた。

 ついでにいうと澁澤氏の最初の奥さんのことも今回始めて知った。いやはや、矢川澄子だったとは!彼と彼女が惹かれあったのは実に当然かつ必然のことだったと思う。けれど離婚後彼女との過去を澁澤が抹消抹殺し傷つけたのは、それだけの愛情の裏返しと、喪失感と、彼自身の暗黒の成せる業であったろう。矢川氏の最後については、合掌。


 「まっくらなヴェルサイユの道の上に、
 こよいも金銀の星がゆらめいて、
 黒色の祭司、わが渋澤龍彦師に祝福を送っています」(稲垣足穂)
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by souslecieldetokyo | 2008-06-13 01:21 | 日々是雑記
 先週の木曜。 
 実は2回目の拙宅、それでも粗相があってはならぬ(なにせ老師は某有名大学の名誉教授!)とかなり前から緊張して準備をした。


 先回はチビの昼寝にあわせてお茶の時間に来てもらって、水餃子とマーラーカオしか振舞えなかったので、今回は腕によりをかけて、豚とナツメの粽子(レシピには笹の葉とあったが、無かったので竹の皮を使用)、水晶蝦蒸餃子(浮粉は普通に売っていた)、高菜(本当は雪菜)とトック(本当はニエンガオ、上海あたりでお正月に食べるからすみ状の?餅)の湯、キャベツの清炒、箸休めに野菜の紹興酒漬け、等を用意する。
 粽も水晶餃子も湯も初めて作ったので上手くできるか心配したが、特に湯はトックの味も遜色なく、本場そっくりとのお墨付きを頂く。
 また、寧波では一年中ニエンガオが売られていてびっくりした、の話や、上海での学生時代(1943年)、日本の餅を食堂に持って行って、炒ニエンガオみたく調理してくれと頼んだが全然別の代物だった、の思い出話も飛び出し、作った甲斐があった、嬉しかった。

 食後はテレビの前で、皆(といっても老師と小田原から来られた御婦人と我の3名)で「鉄観音と羊羹」の和洋折衷でDVDを観る。上海外文書店かどこかで買ったオールド上海にまつわるインタビュー&ドキュメント。前回来られたときにお見せしたら、是非ご覧になりたいとのことだったので、今回の会となった。中国のDVDを観るには、専用のプレイヤーが必要なのだ。
 DVDは6枚組だったが、初めから順に観ていったら一枚1時間半観ただけで、皆疲れてしまい止めにする。

 このDVDに映るような上海は、上流階級のそれが多く、和平飯店のジャズしかり、百楽門のダンスしかり、もちろん老師の通っていた学校でもそれらが好き仲間はいたそうではあるが、老師は”標準的な、本当の”学生だったとのこと、「それぞれの上海がありますから…」と私の質問に答えられないことにちょっと申し訳なさそうな具合だった。
 それでも端々に移る当時の様子を懐かしそうに眺めては、あれはクーリーです、あれはガーデン・ブリッジです、あそこの前は良く通りました、等々コメントを挟んでくれていた。

 左手に持ったぽん菓子を右手で摘みながら小さなテレビを囲む三人の姿は、なんと中国的なのだろう!向日葵の種も用意しておけば良かった、と後悔。

 
 小田原の御婦人には中国の写真がメインの雑誌をものすごい量、と、新じゃが一袋、おいしい軽井沢のドレッシング、チビにミッフィーのアルバム等、重たいのに雨の中、たーくさんのお土産を戴く。
 老師にはお貸ししてあったビデオ(中国のTVドラマ)のお礼として、無錫の泥人形のペアを頂戴する。お二人には本当に感謝感激雨あられ!願わくば、全室子供部屋の時代でなく、もちっと気の利いたインテリアの時に来ていただきたかった。。。
 それから雨の中買い物に出かけてくれていた老公と阿美にも謝謝!デスネ。

 
 最後、失礼になるかとは思ったけれど、昨日の夜作って冷凍してあった粽子と余った紹興酒漬を老師にお土産として進呈。破顔で受け取っていただいた。
 再見!
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by souslecieldetokyo | 2008-06-01 22:59 | 日々是雑記