古本 フリマ 散歩


by souslecieldetokyo
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私的澁澤論



 何かの拍子で澁澤龍彦回顧展のことを知り、肉声が聞けるというので出かけていった。
 台風まがいの大雨だった先週の火曜、実家にチビを預け、昔懐かし、山手の坂を登って神奈川近代文学館へ。
 中途半端な階段の幅も、横手に見える外人墓地も、港の見える丘公園のバラも、雨に煙る貨物船の汽笛の音も、何もかもが直ぐに中高の6年間を思い立たせた。これは澁澤の嫌いなセンチメンタリズム。

 入ってすぐ、ソファーのあるコーナーで高橋睦朗のビデオ「澁澤龍彦というサロン」を流していたので貸切状態でじっくり眺める。高橋睦郎は勝手なイメージとして姿三四郎的風貌だったが、画面に映る氏の姿は眉毛のパチッとした英国トラディショナルな白髪お坊ちゃまであった。サロンを体験し得た人の貴重な澁澤論。
 彼はその博物少年の収集癖の幅広さをイノセント、無善(善でも悪でもない)と表現していたが、たしかにその通りで、それは宇宙と同じだけの広さを持つ(コスモグラフィア)ということもそうだし、彼独特のユーモアのセンス、精神の自由さにも繋がっていくだろう。

 家に帰ってどうして澁澤が、南仏的太陽の色彩の画家堀内誠一氏とあんなにも親友であれたのだろうかと考えつつ「滞欧日記」「ヨーロッパの乳房」「旅のモザイク」を読みかえしたが、やはりそれは彼の幅の広さと、自由で柔らかい心、センチメンタルを嫌いユーモアを好むセンスが呼応しえたからなんだろうと思った。
 異常と正常の議論を出口氏との3人でした時も2対1で意見が分かれ、その評として「出口の説は狭いと思う。こわばっていると思う」とあった(滞欧日記)。同じく滞欧日記に「堀内君、フランスの留学生犯罪(佐川一政)をおもしろがる。我々の意見一致する。」とあったが、どう一致したのだろう、先日読んだ本にもこの事件のことが触れてあったし、気になる。今、簡単に通り魔的殺人事件が起こる時代、真逆の犯罪の気がする。

 話はまたビデオに戻ると、「皿屋敷、阿頼耶識」事件が身振り手振りで語られており、面白かった。他の展示物の手紙でも、澁澤自身がそれについて語っている文面もあり、当事者的には目をまん丸にして夢中になる三島のさまがおかしくてちゃかした結果だとのこと!


 期待していた澁澤の肉声は、土方巽の通夜の席、急に司会者からスピーチを求められ上ずった声でどもりつつ、といったものだった。元来作家というものは書くのはいいが人前で何か喋るのは苦手な人種であるからして、彼のそのスピーチもいかにも作家らしいと思った。声が高く咳をしていたのは喉がやられている(彼は喉頭癌)せいでもあったろう。
 焼香のバックで流れる土方氏の東北弁も何か味わい深かった。
 澁澤が「そろそろ失語症に陥ってきたのでこの辺で止めます」といって早めに切り上げたので、急遽唐十郎氏が次のスピーチをしていた。唐一座の赤テントを先日は鬼子母神、この前は花園神社で見かけていたので少し嬉しくなる。
 澁澤は例え客人が10人しか居ないような公演にも、友人の舞台には必ず駆けつけた。のみならず駆け出しの友人には展覧会の世話、ビラ貼りなどの手伝いもした。見かけによらず友情に厚い、熱い男だ。

 「澁澤龍彦が、はしゃぎだしたら、世界は簡単にひっくりかえり、酒は飲めどもつきない。夜は限りなく続いた。」(池田満寿夫)
 冒頭のサロン文化しかり、もてなすことで、人と会うことで生まれる閃きも大事にしただろうが、単純に人との交わりが好きで、友達が好きだったのだろう。


 つい澁澤というとシュールレアリスト的人種(髪型が乱れるのを嫌い潔癖で様々にこだわる)かのごとき想像をしてしまうが、この展覧会でそれがことごとく覆された気がする。
 「この夏始めて、昨日からヒグラシが鳴き出したの、知ってる!」(加納光於の澁澤)と叫び、クノッソスで松かさを、海岸で海胆の殻を拾い、酔うと軍歌を放吟(「どうも酒を飲むととめどもなく歌を歌いたくなってしまうのはどこの悪魔のいたずらなのだろうか」)、「さかしま」の難解すら厭わず“翻訳は楽しい”ともてなしの極意を示し、南洋一郎の冒険小説が出発点でフランス~ギリシャ~日本古典、様々幅広く異端暗黒問わず螺旋を廻らせて行った人…。
 吉本隆明も同じように澁澤を「昆虫少年の情熱」と評し、サド裁判についても、権力をピンにとめ証人のレッテルをあちこちに貼る無心の遊びをすでに体得、と何かに書いていた。

 ついでにいうと澁澤氏の最初の奥さんのことも今回始めて知った。いやはや、矢川澄子だったとは!彼と彼女が惹かれあったのは実に当然かつ必然のことだったと思う。けれど離婚後彼女との過去を澁澤が抹消抹殺し傷つけたのは、それだけの愛情の裏返しと、喪失感と、彼自身の暗黒の成せる業であったろう。矢川氏の最後については、合掌。


 「まっくらなヴェルサイユの道の上に、
 こよいも金銀の星がゆらめいて、
 黒色の祭司、わが渋澤龍彦師に祝福を送っています」(稲垣足穂)
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by souslecieldetokyo | 2008-06-13 01:21 | 日々是雑記